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食事は摂っている。人目を気にせず過ごせている。
それに歌も、存分に歌っている。
なのにセイレーンの存在は、日を追うごとに薄れていった。
――セイレーン、今日は元気?
毎朝海里はセイレーンに具合を訊いた。
だいじょうぶ、とセイレーンは口をぱくぱくと動かした。
歌うようになってから、セイレーンは身振りの他に口の動きでも気持ちを海里に伝えるようになっていた。
手を伸ばせば柔らかな羽毛の感触があり、微笑む口もとの曲線にも触れられるというのに、その体はもうずいぶんと薄くなっていた。
セイレーンは自分のことよりも海里の様子が気にかかるようだ。
――お前が元気なら、僕も元気だ。
そう伝えれば、セイレーンは安心したように海里の腕の中で眠った。
起きていられる時間も少なくなっていた。今は触れることができるけれど、もしかしたら近いうちに触ることさえできなくなるのかもしれない。
焦燥の中、セイレーンの存在が弱まってしまった原因を必死で考える。
セイレーンはどんな妖だ? どういう伝説を持っている?
「伝説」によって姿を得ているものは、その本来の在り方から離れるほどに自らの存在が弱まってしまう。
セイレーンが「セイレーン」であるために必要なこととは――?
……と考えて、ひとつの答えが海里のもとに降ってきた。
(そうか……)
自分の耳に手を当てる。指を弾いて音を出してみた。
わずかな波紋さえ立たない水面のような静寂が、海里の耳を覆っていた。
――セイレーンは歌声によって人の命を奪う化け物だ。
音の聞こえない海里とともにいたのでは、存在を保てなくて当然だ。
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