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夜の月明かりさえあれば電気などつけなくとも充分に明るい。そんな満月の夜だった。
テレビだけをつけて部屋の中にいた。どこかの地域で花火大会が行われているようだ。
セイレーンは海里の膝に頭を乗せてうとうととしていた。
テレビの中の花火が夜空に咲くたびに、画面も明るくなって眩しさをもたらした。
その一瞬の光がちらつくのがわずらわしいのか、セイレーンは顔を反対に向けて海里のお腹にしがみついた。ふわふわとした羽根は夏のこの時期には暑いけれど、この体温をずっと感じていたい。
花火を間近で見ようとする人々はひとつの場所に密集している。
こんな場所でセイレーンが歌ったならば、と無意識に考えが及び、慌てて首を振る。それを想像することは海里の中にある倫理が赦さなかった。
多くの生き物が獲物を得て喰って生きていくのが自然界の摂理だ。セイレーンに人を殺させたくないだなどと、海里のわがままでしかないというのに。
(でも、あそこは海ではないし)
海という場所でないと、歌っても駄目かもしれない。
海ならここにあり、セイレーンもここにいるというのに、歌を聴く存在だけが欠けている。自分ではセイレーンの役に立てない。
その時。
テレビの向こうでぱっと開いた夜空の花に、子どもの頃の思い出が蘇った。
聞こえる!
――と、あの時自分は思いはしなかったか。
音など聞こえないはずの自分にも「聞こえる」と、たしかに思ったはずだ。
あれは……。
思い出すや否や、海里はセイレーンを揺り起こした。
――起きろ。セイレーン。
どうした、と問いかけてくる瞳に力強く笑いかけた。
月明りさえ通してしまいそうなほど薄くなってしまったセイレーンの体。だけどもう、だいじょうぶ。
――海へ行こう。
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