きみとぼくはともだち

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 翌年の春、僕は車いすを押して浜矢湖ホールの楽屋出入口に向かっていた。 「智彦、緊張してるんじゃないだろな」 「大樹に言われたくないよ」 「ばれちゃった? だって俺の本番、いつぶりよ?」  車いすに座った大樹は浮かれた声であたりを見渡すような仕草をした。    病の進行と共に大樹は視力を失った。今はわずかな光を感じるだけで自力歩行はかなわない。今も入退院を繰り返しているが、車いすで外出できる程度に体力も戻ってきた。  視力と引き換えに、大樹は歌声を取り戻した。現役の頃のようにはいかないし音域も限られている。それでも彼には歌うことそのものが生きる喜びなのだ。この希望を失わないかぎり、僕らはどんな困難にも立ち向かっていけるだろう。  大樹は浜矢湖に向かって大きく腕を振り上げた。 「あーいい気分だ。ちょっと歌ってみるか?」 「本番前だからちょっとだけだよ」  僕は大樹の肩に手のひらを乗せてリズムを取った。 『てをつないで 海をわたろう かたをくんで 山ものぼろう ぼくはこわくない きみがいるから きみとぼくはともだち』  手話をつけて歌うと、一斉に鳥が羽ばたいた。大樹が豪快に笑う。 「観客は渡り鳥ってわけか。最高だな」 「来年もまたここにやってくるよ。僕らの歌を聞きにね」 「俺たちが歌い続けるかぎりはな」  湖面は春のおだやかな陽を浴びて輝いていた。僕は車いすを押しながら、大樹の声に合わせて歌い続けた。
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