きみとぼくはともだち

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 年の瀬、どうにか食いつなぐ程度の仕事を得られるようになった頃、大樹に呼び出された。世間ではインフルエンザが猛威をふるっている。僕はマスクを二重にして何度も手指の消毒し、医療用ベッドを置いているリビングに入った。 「これが実家にあってさ、懐かしくないか?」  大樹はリモコンを操作した。リビングフロアに直置きされたビデオデッキが音を立てる。  テレビに映されたのは小学校の講堂だった。「浜矢小学校合唱コンクール」と書かれた垂れ幕が舞台袖に吊るされている。  転校してきたばかりの大樹が前列のど真ん中にいた。学年で一番大きかった僕は後列の左端に立っている。  合唱曲『きみとぼくはともだち』が始まった。画質は荒く、周囲の雑音を拾って歌がちゃんと聞こえない。児童たちは軽やかに歌いながら、隣に立つ子供同士で指をさし合い、自分を指さす手話を繰り返す。  「ともだち」のところで僕は両手を握って前後に回した。    大樹も手を回していた。僕らは顔を見合わせて笑う。 「俺、転校してきたばっかりで友達もいないしさ。こんな曲最悪だって思ってたけど、なんだかんだこの曲がきっかけで声楽に進んだんだよなあ」 「そんな話、初めて聞いたよ」  大樹はかすれた声で歌いながら、もう一度手話をしてみせた。僕も五度の和声を重ねながら同じように手話をする。大樹の声はゆっくりと胸の底に広がっていく。 「智彦が手話の練習に付き合ってくれただろ?」 「そうだっけ」 「薄情なやつだな。クラスの連中は低学年の頃にやったことがあるって余裕でさ、俺だけ知らなかったんだよなぁ」  大樹は映像を巻き戻した。キュルキュルとテープの巻き戻る懐かしい音がする。  色褪せた映像を僕らは何度も見返した。くっきりとした目鼻立ちでスター性のあった大樹と違い、僕は大柄で目も細く、森にひっそりと佇む大木みたいだった。
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