きみとぼくはともだち

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「あったなぁ……そんなことも」  とろくてのろまな僕に友達なんていなくて、手話も覚えが悪かった。みんながドッジボールをしに行った昼休み、ひとり教室に残って練習していると廊下の隅で同じように手話をしている転校生がいた。  つぶやくように歌う声は、ゆっくりと弓を引くビオラのような響きだった。もっとそばで聞きたいと思って近寄ったら、大樹は僕の顔を見て手話をした。何度も首をかしげながら、二人で手の動きを確認する。  廊下の窓から秋のやわらかな日が差し込んで、大樹の目に太陽が映っていたなぁ。 「春コンは絶対にこれをやりたいよな」  巻き戻しの音が響く中、大樹が手話をしてみせる。地元の小学生を対象に開かれる春のコンサートは、パンデミック以来延期になったままだ。  今の大樹は起き上がることも難しいのに、春コンなんて──  胸の底からこみ上げる悔しさをこらえていると、マスクをしたまま大樹が笑った。 「やりたいことは多い方が楽しいだろ? 来年は手帳を公演スケジュールで埋め尽くしてやるんだ」  彼は胸ポケットから手帳を取り出した。メモ欄に公演リストが並んでいる。 「忘れてないだろな。浜矢湖声楽アンサンブルは世界に羽ばたくんだ。そのためにやれることをひとつずつ、だろ?」 「うん……そうだった」  鼻の奥に痛みを感じながら、飲み込むようにうなずいた。「忘れてたなコイツ!」と大樹がベッドから腕を伸ばす。僕はいつもの調子で肩を差し出して、叩かれるような仕草をした。  大樹の手にはちっとも力が入っていなかった。途端にやるせなさが押し寄せて、笑いながら眉根を寄せてしまった。
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