泣かずにいられますように

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 実家に帰って、増えないラブレターを探していると、自分の周りには案外、家族の文字が並んでいるのだと気付いた。  つなぎ合わせたら、一続きの愛が作れるだろうかと、その段ボールをひっくり返して、文字を探す。  焼き増ししたCDジャケットのタイトル。  幸い、盤面も取れずに残っている。  カセットテープの、これもタイトル。  まだ聞けるけれど、劣化はどこまでだろうか。A面B面の使い方もだいぶ忘れてしまった。  MDケースのシール台紙。かすれてしまったインク。もう聞ける端末がないかもしれない。  これにもだいぶ助けられた。昔のドライブにはこれが欠かせなかったっけ。  あとはUSBに刺すタイプ。  小さいデバイスで聞けるようになったなあ、なんて思い返していたら、そのものずばりが携帯電話に変わっていったっけ。  ほかには何があったか。  誰のどの曲をチョイスしていたか。  今でも覚えているもの、タイトルだけではわからないもの、たぶん、ここにあるものすべてを聞くにも、時間がかかる。  そのうちひとつ、明らかに私の文字のものがあって、苦笑する。  当時、そういうのを書くのが好きだった私。勉強のついでと言いながら、たぶんいろんな曲が知りたくて「書かせて」と頼んだものだった。  カラオケにも一緒に何度か行ったけれど、結局本人が歌うのは一二曲で、あとは私たちがきゃあきゃあ騒いで、それで終わりだったかな。  そういう記憶は残っているのに。  どれだけ音楽を聞いても、どこの段ボールを探しても。  あなた自身の声は残っていない。  動画とか、思い出しても記憶にない。写真ばかり、それも正面から撮れるほど自己肯定感もなかったから、友だちみたいに「一緒に撮ろう」とか、言えなかったよね。  ああ。本当に。  後悔しても、し足りない。  そうなるのはわかっていたのに、こわくて出来なかった。  認めたくなかった。だから残っていない。  本当に、話せていたときの記録が、ない。  だから、似てるらしい私の声で、歌うのはあなたの好きだった歌ばかりになってしまった。  どの媒体にも載ってる、歌手のもの。  自分が知った頃にはもう亡くなってしまったひともいる。  それでも、曲は、歌は残っていて。  今の私にすら、響いている。  ほこりのせいか、潤んでしまった目。  何度も何度も、瞬きをして、乾きを潤して。  少し窓を開けて、深呼吸。  BGMはないけれど、忘れていないよと、田舎の窓から叫んでみる。  せいぜい返事をくれるのは、向こう側に止まるカラスくらいだ。  生まれている意味はまだ分からないけれど。  生きている意味も、探してばかりだけれど。  あなたのように、大切なひとはまだいないけれど。  きっと、しあわせになっているよと、歌に乗せて天に注ぐ。  あなたの周りにも、優しい雨が、降りますように。  いつかあなたの前に、あなたよりも年上な私が、居られますように。  犯行予告のようなラブレターはできなかったけれど、形に残らないそれをつなぎ合わせて、私は私自身を愛の言葉だと勝手に解釈した。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加