0人が本棚に入れています
本棚に追加
実家に帰って、増えないラブレターを探していると、自分の周りには案外、家族の文字が並んでいるのだと気付いた。
つなぎ合わせたら、一続きの愛が作れるだろうかと、その段ボールをひっくり返して、文字を探す。
焼き増ししたCDジャケットのタイトル。
幸い、盤面も取れずに残っている。
カセットテープの、これもタイトル。
まだ聞けるけれど、劣化はどこまでだろうか。A面B面の使い方もだいぶ忘れてしまった。
MDケースのシール台紙。かすれてしまったインク。もう聞ける端末がないかもしれない。
これにもだいぶ助けられた。昔のドライブにはこれが欠かせなかったっけ。
あとはUSBに刺すタイプ。
小さいデバイスで聞けるようになったなあ、なんて思い返していたら、そのものずばりが携帯電話に変わっていったっけ。
ほかには何があったか。
誰のどの曲をチョイスしていたか。
今でも覚えているもの、タイトルだけではわからないもの、たぶん、ここにあるものすべてを聞くにも、時間がかかる。
そのうちひとつ、明らかに私の文字のものがあって、苦笑する。
当時、そういうのを書くのが好きだった私。勉強のついでと言いながら、たぶんいろんな曲が知りたくて「書かせて」と頼んだものだった。
カラオケにも一緒に何度か行ったけれど、結局本人が歌うのは一二曲で、あとは私たちがきゃあきゃあ騒いで、それで終わりだったかな。
そういう記憶は残っているのに。
どれだけ音楽を聞いても、どこの段ボールを探しても。
あなた自身の声は残っていない。
動画とか、思い出しても記憶にない。写真ばかり、それも正面から撮れるほど自己肯定感もなかったから、友だちみたいに「一緒に撮ろう」とか、言えなかったよね。
ああ。本当に。
後悔しても、し足りない。
そうなるのはわかっていたのに、こわくて出来なかった。
認めたくなかった。だから残っていない。
本当に、話せていたときの記録が、ない。
だから、似てるらしい私の声で、歌うのはあなたの好きだった歌ばかりになってしまった。
どの媒体にも載ってる、歌手のもの。
自分が知った頃にはもう亡くなってしまったひともいる。
それでも、曲は、歌は残っていて。
今の私にすら、響いている。
ほこりのせいか、潤んでしまった目。
何度も何度も、瞬きをして、乾きを潤して。
少し窓を開けて、深呼吸。
BGMはないけれど、忘れていないよと、田舎の窓から叫んでみる。
せいぜい返事をくれるのは、向こう側に止まるカラスくらいだ。
生まれている意味はまだ分からないけれど。
生きている意味も、探してばかりだけれど。
あなたのように、大切なひとはまだいないけれど。
きっと、しあわせになっているよと、歌に乗せて天に注ぐ。
あなたの周りにも、優しい雨が、降りますように。
いつかあなたの前に、あなたよりも年上な私が、居られますように。
犯行予告のようなラブレターはできなかったけれど、形に残らないそれをつなぎ合わせて、私は私自身を愛の言葉だと勝手に解釈した。
最初のコメントを投稿しよう!