公主アステルは語る

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公主アステルは語る

子どもとひっそり暮らす? とんでもない! 我が貴き血筋の子どもに、そんな明日をも知れない生活をさせるなんて。この公国の世継ぎとして育つほうがどれだけ子どものためになるか、理解できないなんて信じられない。 俺たち夫婦の実子として育てることのメリットを説くが、彼女は同意しない。 ならば、しかたがない。 子どもが生まれるまで、彼女を地下に軟禁することにした。 *** それからの3ヵ月間、歌姫は泣いたり甘えたりして俺の考えを変えさせようとした。だんだん面倒になって、俺の足は遠のいた。厄介ごとは、すべてティランに任せればいい。 ティランは、父である前公主の同級生の弟で、腕の立つ医師だったと聞いている。詳しくは知らないが、何らかの事故を起こして社会的に抹殺されたと。父が保護して、以来この公国の影として働いている。 父は言った。 「あいつのように、他に行き場のない優秀な人材ほど、役に立つものはない。何しろここを出たら生きて行けないんだ。助けて恩を売れば、喜んで役に立ってくれる」 そう、俺たちを裏切れば、それはそのまま、彼自身の破滅につながる。これほど信頼できる相手がいるだろうか? *** 俺は妻に、遠縁の赤ん坊を養子に迎えるが、子どものためにも実子として育てたいと伝えた。彼女は戸惑った顔をした。ご不安なのでは、とティランは言った。よその子を迎えることで、ご自身の地位が危うくなるとお考えかもしれません、と。 なるほど。俺は妻に、いずれ俺たちの間に実の子ができたら、その子を跡継ぎにすると約束する、と伝えた。それなら文句はないだろうと思ったが、彼女の表情は晴れなかった。 それどころか、だんだん様子がおかしくなっていった。彼女はほぼ毎日、耳を塞いで叫んだ。 「あの歌! 歌が聴こえる。止めて、やめて!」 あなたには聴こえないの? ほら、また聴こえる—。 妻は俺にすがってそう言ったが、俺にも、ティランにも、何も聴こえはしなかった。 いったいどうしたんだ。本当に、面倒だ。 子どもの世話をするようになったら、意識がそちらに向いて落ち着くかもしれないな。 *** 厄介なことがもう1つ起きた。予期せぬ来訪者の登場。俺の就任を祝った晩餐会で余興に招いた一座の座長が、突然、屋敷にやって来た。あの時と違いすっかり憔悴した様子になって、彼は言った。娘が、長いこと帰って来ません、何か知りませんか、と。娘とは? そう聞き返すと、ほら、あの晩に歌をお聞かせした、あの黒髪の娘ですよ、と言う。ああ、彼が、妊娠を知ったら半狂乱になると言った、あの父親か。妙に冷静な頭でそう考えた。 「いや、あの晩以来お見掛けしていませんね。でも、どうして我が屋敷に? こちらに来ると、言い置いて出られたのでしょうか?」 娘がいなくなった不安の焦り、悲しみに不安に同情する素振りでそう尋ねると、彼は力なく首を横に振った。 「いや、あいつが何か言い置いて行ったわけじゃないんですが。でも、あいつが思いつめた顔で、お屋敷に行かなくちゃ、って独りごちていたのを漏れ聞いたやつがいたもんで」 つまり、確信無く、藁にも縋る思いで来たということか。 万が一にも、ここに軟禁していることを知られてはならない。お嬢さんがこちらに来ることがあったらすぐに知らせると約束して、男を帰した。
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