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公主アステルは語る 2
そして3ヵ月が過ぎ、女の子が誕生した。
だが、歌姫は出産時の出血が止まらず、命が危険に晒されていた。輸血をすれば助かるかもしれません、ティランは言ったが、その血をどこから、誰から、調達すると言うんだ?
そんなことをしたら、赤ん坊の出自がばれてしまう。美しく甘美な歌姫を失うのは惜しくもあるが、赤ん坊を自分で育てると言い張られる厄介ごとが無くなると考えると、それはもうしかたがないことのように思われた。
彼女は青ざめた顔で、朦朧としながら赤ん坊を抱き寄せ乳を含ませた。
ティランが小さな声で、もう長くはないでしょう、と告げた。その瞬間を、見たくはない。後始末をティランに任せて、俺は部屋を出た。
***
ティランが何もかもをうまく処理した。あの方は、裏の川から流しました、と彼は言った。何かしらの事情で、嵐の晩に彼女はこの屋敷を訪れようとし、腐った橋ごと流されたということにした。そう、彼女はこの屋敷を目指していたが、ここには来なかった、ということ。
完璧なストーリーだ。
数日後、赤ん坊を渡された。
その赤ん坊はすでに目が開いていて、こちらをしっかりと見て満面の笑みを浮かべた。その愛らしさときたら! 俺はすぐに彼女に夢中になった。知らなかったよ、実の娘がこんなにも愛おしく感じられるものだとは。この世のあらゆるよいもの、贅沢を、彼女のために用意しよう。そう心に誓った。
俺は赤ん坊にクレアと名付け、妻に渡して、よろしく頼む、と言った。妻もまた、愛らしい赤ん坊にすぐに心を奪われたようだった。眉間のしわを薄くし、笑みを浮かべた顔に、ああ、彼女もかつては愛らしい女だった、と思い出した。
クレアの効果は絶大だったと思う。その日以来、妻は「歌が聴こえる!」と騒ぐことはなくなった。
歌姫は亡くなり、ご遺体は処分しました、と、ティランが言った。つまり、クレアが俺たち夫婦の子ではないと知る部外者はもう誰もいない。何もかもがうまく行くように思われた。
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