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また、最初から 3
商店街と教室との彼女の二面性にひどく関心を抱いた僕は、それからも暇があれば商店街へと通った。歌声が聞こえる時もあれば聞こえない時も、周囲に人がいる時もいない時もあったが、歌が披露された際に共通していたのは、彼女の楽しげな様子だった。
声は弾み、表情からは控えめながらも明るさが感じられ、コンポから流されていたのであろう音割れのした楽曲にも、彼女の歌声は際立って聞こえた。次第に僕の興味は物珍しさから純粋な期待へと変化し、学生生活におけるひとつの楽しみにさえなっていた。
僕が商店街を訪れ、彼女の歌唱を耳にした時には、決まって歌われる曲があった。
その楽曲は、あるバンドが世間に認知される決定打となったバラードで、偶然にも僕の好きな一曲だった。本来は男性ボーカルによって歌われるバラードが彼女を通すとまた違った個性を帯びて聞こえ、僕はその楽曲がさらに好きになるのを感じた。
寂れた、なんの特色も活気もないと思っていた商店街が、彼女を通すと華やいで見えたから不思議なものだった。
朗らかに自分を表現する彼女に対して、僕は傍観者であり続けた。閉店した店の物陰に隠れ、視認されないように遠くから眺めていた。
端から見れば異様な光景であったことは否定できないし、実際に通りがかった数人の買い物客から怪訝な目で見られたこともあった。しかし、彼女の目的が知れない以上、クラスメイトである(と認識されているはずの)僕が目の前に現れることで、彼女が歌を止める可能性がないとはいえなかった。そして同時に、当時は同級生以上の関係を持たなかった彼女に「歌唱を認識している」自分の存在を見られるのがどうにも気恥ずかしいといった、思春期特有の、また今以上に引っ込み思案だった僕の性質のせいでもあった。
僕の控えめな観客としての行動は、彼女が商店街に姿を現さなくなるまで続いた。
ある時を境に、彼女の歌声が商店街に響くことはなくなり、彼女は寡黙な生徒に、僕は彼女の一面を知るだけのクラスメイトに戻った。進級してからは、そのわずかな繋がりさえも消失した。
地元の大学を卒業し、地元の中小企業に就職した僕が彼女と再会したのは、それからおよそ十年後。商店街のなかの、ある場所でのことだった。
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