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また、最初から 4
ある日、職場の先輩に、こう勧められた。
──いい喫茶店があるんだ。コーヒーが美味い。それと、チャーハンが絶品なんだよ、と。
喫茶店なのにチャーハンが美味しいとは、面妖だな。
思わず興味をそそられた僕は、その週の日曜日に久方ぶりに商店街へと足を運んだ。商店街は僕が高校生の頃よりもさらに寂れたような印象で、シャッターが占める割合も、幾分と増えているように感じられた。
先輩に教えられた場所へ行くと、こじんまりとした喫茶店があった。外観は昔ながらの店といった風情で、派手に飾らない、情趣に富む喫茶店だった。
ドアを開け、ベルの音とともに入店した。店内は入口から一目で全容を見通せるほどの広さで、レトロで居心地のよさそうな、いかにも喫茶店といった内装だった。知る人ぞ知る店であることを、後に僕は知った。
いらっしゃい、と声が聞こえ、目を向けると中年の渋い男性がカウンターの奥に立っていた。格好や雰囲気から察するに、この喫茶店のマスターだと感じた。
そうして、あ、どうもこんにちは、と答えようとした瞬間。
僕の前に、
「──いらっしゃいませ、お一人ですか?」
とにこやかに微笑みながら現れた店員の女性、それが彼女であった驚愕を、僕は忘れることができなかった。一年近く前の出来事であっても、つい昨日のことのように鮮明に思い出すことができた。
一目見た瞬間に、彼女だとわかった。年数の経過や髪型の変化、メイクのおかげで印象は多少は変わっていたものの、顔の造形や声は、まぎれもなく彼女そのものだった。ただその表情は、僕が最後に記憶している沈んだような無表情ではなく、商店街で見たような晴れやかさに満ちた笑みだった。客商売なので当たり前といえば当たり前ではあるのだが、教室での彼女の姿が印象に残っていただけに、入口付近で思わず硬直してしまうほどに、様々な方向の衝撃を受けていた。
入店してきたのにも関わらず、黙して固まる僕に対して「あの、こちらへどうぞ」と彼女は柔らかな声音で案内をした。ああ、はい、と僕はなかば自動的に返事をし、言われるがままに手前の席に座った。店は空いていたため、どの席でも選べる状態だった。
僕が元クラスメイトであることはそのときは気づかなかった、とは後日聞いた彼女の談である。無理もない。それが十年近くぶりの再会、といっても、直接的に会話した機会は高校時代には一度もなかった。僕だけが、一方的に驚いた再会だった。僕にとっては、止まった時間がふたたび流れ出すような再会だった。またそれは、高校時代の傍観者としての自分から変化するための機会とも捉えられる、想像もしていないような大きな出来事に他ならなかった。
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