また、最初から 6

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また、最初から 6

「大事にしろよ」「はい?」 ある昼下がり、カウンター席でチャーハンを食べていた僕に、マスターが言った。彼女は商店街の他の店にお使いを頼まれていたために不在で、店内には僕たち以外には何度か見かけたことのある常連客が一人いるだけだった。常連客はイヤホンをつけており、僕たちの会話を聞いている様子はなかった。 「あの、なんのことでしょう」チャーハンを飲みこんだ後に尋ねると、マスターが僕の目を見据えて言った。「だから、あの子のことだよ。大事にしろよ、好きなんだろう?」 動揺が隠せず、宙に浮かせていたレンゲが震えた。 「いや、あの、まだ好きだと言った覚えは」そうして、しどろもどろになる僕を見て、なんだよ、その歳でピュアだな、とマスターがからかうように笑ったが、すぐに真剣な表情に戻ると、ふたたび僕の目の奥まで見通すような視線で、念を押すように言った。目の前で用意されているコーヒーの香りが鼻孔をくすぐり、僕の意識をさらに鮮明なものにした。 「いい子だよ、大事にしな。泣かせたら、俺が黙ってないからな」 マスターには子どもがいないことを、マスター自身から以前に聞いて知っていた。 彼女を見やるマスターの瞳に、どこか娘を思いやるような親愛の情がこめられているように感じるのは、きっと僕の気のせいではなかった。
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