また、最初から 8

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また、最初から 8

「──あの時ね、」有線から流れる曲が、明るいポップスに変わっていた。沈鬱な表情で過去を話した後、やや時間を置いて、彼女が言った。僕はただ、その心情の吐露を聞き続けていた。 「笑われたのも、理解できるんだ。私がやってたことは、明らかに変だったもの」 「……変?」いい言葉が思いつかずにおうむ返しをする僕に、そうでしょう、と彼女が答える。だって、おかしいもの。 「人の少ない商店街で、上手でもない歌を、可愛くも明るくもない高校生が歌って。それって、変だよね。笑われて、当たり前だと思う 」 「……そんなこと、」口を挟もうとした僕の反論はしかし言葉にならず、口内で消え失せる。そんな僕に構うことなく「それとね、」と彼女は、心の内を明かし続ける。 「たぶん、見透かされてたんだよね。私が、本気でもなんでもなかったってことを」彼女の自嘲を、聞きたくないと感じた。それでも、抑止できない自分がもどかしかった。現在の彼女と高校生の時の彼女が、目の前で重なって見えた。 「本気で表現したかったらさ、」彼女は言う。 「もっと人の多いところで歌うとか、色々方法はあったわけでしょ。でも私はそれを選ばずに、若い人が来ないような場所で歌って、ただただ自己満足してただけ。中途半端に歌手の真似事だけして、ちょっと普通じゃない行動を取る自分に、満足してただけだった。大人になった、今にして思えばね」大人になった彼女が、過去の彼女を揶揄していた。悲しげに、顔を歪めながら。 「……だからね、」澄んだ声が、若干震える。 「そういう部分も見透かされて、笑われたんだと思う。彼女たちは、正しかったんだと思うよ。私が、駄目だったんだよ」 そんな、ことはない。僕の反論は、やはり言葉にならなかった。口は乾きのために開かず、彼女の悔恨を無言で聞き続けるだけだった。当時も今も、僕は情けないままだった。自分が、心底情けなく感じた。
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