初心のステージ

2/2
前へ
/10ページ
次へ
「……なーんてね」  持ったままだったアイスのカップとスプーンをビニール袋に入れて口を閉じた。  クシャクシャとビニールのこすれる音がやんでから、望々は下を向きつぶやいた。   「実は、ちょっと嫌だった。ライブに来てくれてる人たちの誰かかと思ったらさ」 「……」 「もやもやして、余計なことなーんにも考えずに歌えたころは良かったなーって考えてたら、マシュのお母さんに会ったんだよね」 「だからさっき、初心がどうとか言ってたんだな」  望々が小さく頷いた。それが少し力が入っていないような気がして、どうにか励ませないかと思う。  とはいえ俺ができることなんて―― 「望々」 「ん?」 「久しぶりに歌えば? 初心にかえるならこのリビングだろ」 「たしかにね。じゃあ遠慮なく」  ソファの座面に立ち上がり、一呼吸おいてから望々は歌い出す。  そう、この感じ。  飾らないテキトーさは、整いきれてないけど媚びもない。    望々の立場や状況とか、変わってしまったことばかり目について心が乱されていたけど、変わらないこともあったんだ。  安堵して肩の力を抜いたときだった。  不意に、望々が投げキッスをよこしてきた。 「は!?」  目が泳ぐ俺を置いてきぼりに、狙い通りと言わんばかりのニヤケ顔で続きを歌っている。  ずっと望々のペースなのが気に食わない。  少しぐらい巻き込んで調子を崩してやりたい。  けれど今の俺がきれるカードなんて、一つしかない。    そう、例えば「明日は学校に行く」と言ったら、どんな顔をするだろうか。  丁度よく歌が終わる。  今だ、言え、驚かせてやる……と思うのに、登校というハードルは高く、下唇を噛み締める。  すると、望々は別の歌を歌い出した。  たった一言を言いそびれたばかりか、拍手も感想も言いそびれてしまった。    歌えと言ったのにに失礼な態度を取る俺に対して、望々はなんの文句を言わない。  もしかしたら全て見透かしたうえで、言えるまで望々は歌い続けるつもりなんだろうか。  ステージ上からは何もかもがよく見えるようだから。    これが歌い終わったら、なにが何でも全て伝えるんだと気合を入れ直した。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加