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誘い
「うわー懐かしー」
しぶる俺を無視して玄関に押し入った望々は、勝手知ったるという様子で廊下を進みリビングのソファに座った。部屋を忙しなく見回す様子を横目に、俺は向かいのラグに腰かける。
茶でも出すべきなのかと膝に手をかけ、長居をして欲しいわけでもないなと体の力を抜く。早く要件を済ませて帰ってもらうんだ。それがいい。
二人の間に挟まったローテーブルがまっさらなのを誤魔化すように、その上で手を組んだ。
「で、さっきの何? 変態の彼氏でもできた?」
「はあー? マシュのお母さんから聞いてない? 私いま地下アイドルやってんの。彼氏とかつくらないし」
「じゃあ変態の客がいるんだ。唾液舐めろって」
「私のファンはいい人ばっかりですー。ていうか出禁だよ、そんなこと言ったら」
「表に出すか出さないかの差だろ。地下アイドル推す奴なんて」
「……何その偏見! だったら一度ライブ見に来れば? チケあげるから」
なんでそんな話になるんだ。本題が見えてこない。
ああでもガキの頃からそうだ。望々の話はしょっちゅう脱線して、そのまま帰ってこないんだった。
「いやいらねーし」
「不登校ならなおさら外出る機会つくった方がいいって。おばさんも喜ぶよ」
「息子がアイドルライブ行くくらいで……」
「望々ちゃんのライブなら行くかもしれないわーって言ってたよ」
「あーそうか、見えてきたぞ。うちの親に言われて訳わかんないこと言ったんだろ」
唾液云々は狂言だったんだな。
最初からライブの話をしたら断られるのを見越して、俺を思考停止させてから頷かせるつもりだったんだろう。
「だってぇーおばさんがチケ代倍払うって言ってくれたからー」
「ざけんなよ。おごりじゃねーじゃん。騙されるとこだったわ」
「さっきから態度悪いなあ。これも営業だよ」
「いや詐欺だろ」
不登校に対して、親は表向き何も言わない。でも毎朝、今日こそはと期待を抱いているのは滲み出ていた。
ライブをきっかけに学校へ行く、そんな可能性にかけているんだろう。
当の本人は、夏服のタグすら取る気がないのに。
「詐欺じゃない。はいこれチケット。明日の夕方からだからね」
「この流れで行くと思うか?」
「えーじゃあ……」
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