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眉にシワを寄せ、腕組みをして望々はしばらく考えていたが、急に明かりがついたように目と口をパカッと開いた。
「だったらさあ! 来てくれたらキスしてあげるよ」
「はあ?」
「あ、来てないのに行ったとか嘘は言わないでね。ステージから見えるし。それとチェキ会までがライブだからね」
「いや行かないって」
「キスだよ?」
「だから」
「じゃあそゆことで! ちゃんと来てよーじゃあね!」
営業用なんだろう。ここまでで一番深い笑みを見せてから首をかしげ、顔の横で小さく手を振ると出ていった。
一人残されたリビングはさっきまでより広く静かになって、この数分が現実だったのを主張するように甘い残り香だけがただよう。
――キスだよ?
口角と一緒にあがったほんのり赤い頬が、大きな瞳をイタズラっぽく細めていた。目元や唇がふるんと艶っぽかったのは気のせいだろうか。振り向けば小悪魔のシッポが見えそうな、蠱惑的な雰囲気があったように思う。
忘れたいのに忘れられない。チケットと一緒に置かれたフライヤーに載った衣装姿は制服よりも肌色面積が多くて、それも目に毒だ。
あんな軽々しくキスとか。
しかもベロチュー云々と話していたのが忘れられず、そんなわけないと分かっていても、どうしてもそれを意識してしまう。
一度は平常運転に戻っていた鼓動が、さっきまでより響いてうるさい。
クソ。まるで遅れてきた春の嵐だ。
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