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幼稚園くらいのとき、うちのリビングにある……そうだ、昨日来たとき座ったあのソファ。そこを舞台がわりに、望々はよく歌っていた。絵を描きながら、折り紙を折りながら。テレビをつければそこで流れている音楽や歌を。ときにはめちゃくちゃなダンスを踊っていた。
「望々ってずっと歌ってるね」
「うん! 楽しいもん! あとね、マシュは怒らないから。お兄ちゃんはすぐうるさいって言う」
「ふーん」
俺は単にレゴやゲームに集中して、BGMみたいに聞き流していただけだ。
でも、嬉しそうな望々の様子に気分がよくなったのを覚えている。
あのころからアイドルが夢だったのかは知らないけれど、過去の延長がこのステージだとしたら、すごいことだ。
――そう、今日はこれを確かめに来ただけだ。
望々が置いて帰ったチケットを手にとるなり現地までの経路検索したのも、どんなグループでどんな曲を出しているのか動画を確認したのも、SNSでファン層をなんとなく把握したのも……すべて昔からのよしみでつい、というやつだ。
――だから、キスに釣られたわけじゃない。
煩悩を払うために頭を横に何度か振る。そのとき、ステージ上で軽やかに歌い踊る望々と目が合ったような気がした。いや、絶対合った。だってその瞬間、他の子とは反対側に首を傾けて笑ったんだから。
すごいな。
ちゃんと会場全体に気を張って観客の期待に応えようとしているんだ。
望々は今日もまぶしい。ライトの光に目が慣れないせいだと思っていたけど、違うみたいだ。
絶対的な自信が輝かせている。目を逸らすのを許さないみたいな吸引力が合った。
いろんな意味で自分は場違いなんじゃないか。目線だけ動かして周囲の状況を探る。みんな推しを真っ直ぐに見てペンライトを振り見守っているように見える。
でもなんか、なんかな。
最初は一段高いところで歌う望々の姿に感動が湧いたけど、それがおさまってきたらモヤモヤするばかりだ。
そして思い出すのは小さな頃のやり取り。
遠くに行ってしまったみたいだから?
分からない。なんだろう。
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