初心のステージ

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初心のステージ

「エグくね」 「そう? 単にイタズラな気もするけど」 「ちょっと待て。キスと唾液の話も?」 「あはは。そう、DMで聞かれたの。世の中いろんなこと考える人がいるね」    ケラケラ笑いだす姿に深刻さはない。けれど期待と正反対の結果になれば傷つくだろう。   「そういう……性的に見られんのってどうなの? それでもアイドルは楽しい?」 「楽しいよ! ライブではそういう目で見る人いないし」 「前も言ってたけど、分かんねーじゃんそんなの。俺は……嫌だったよ。ライブのときも、こいつら心の中ではどう考えてるんだろうって気になったし」    俺に、アイドルやめろなんて言える資格がないのは分かってる。  ただ小さな頃から知ってる分、やらしい目に触れさせたくない無駄な正義感はあふれてくるのだ。    なのに望々は俺の葛藤をぜんぶ見透かしたように、目を細めてゆっくり微笑んだ。 「マシュってさ、ちっちゃいときから潔癖症ぽいとこあったよね」 「そうだっけ?」 「うん。私が公園で泥遊びしてたら、汚いって言ってたよ」 「あーそんなことあったかも」  たしかに小学校にあがるくらいまで、手が汚れる遊びは避けていた気がする。砂場遊びの記憶がほとんどない。  だからか、泥遊びに夢中だった望々の様子は今でも印象に残っている。  あのとき、望々は満面の笑みで泥だらけの手を差し出したんだ。 『たのしーよ! いっしょにあそぼ!』  価値観の違いって言葉は知らなくても、その存在に気づいた日だった。    「DMの話聞いて不安になった? 悪意で私が汚れるかもって?」 「まあ……普通に心配するだろ」 「大丈夫だよ。あれこれ言われるのは匿名のSNSだけだし。私が歌ってる間は、余計なこと考えさせない。私に夢中にさせるの。そういうアイドルになりたいの」  すごい自信だな、と思う。  だけどじっと見つめられると、きっとそんなアイドルになるんだろうという説得力があった。 「反論できないでしょ? だって昨日のライブ、マシュはそうだったよね? 私が歌う姿に夢中だったよね?」  つい今まで子どものころと同じように笑ってたはずが、自分より大人っぽく余裕ある表情を見せる。  目が離せない。  そうだ。  どんなに暗く汚れても、望々はきっと輝く。  朝になれば太陽が昇るみたいに、雲が晴れれば月が照らすみたいに。
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