0人が本棚に入れています
本棚に追加
初心のステージ
「エグくね」
「そう? 単にイタズラな気もするけど」
「ちょっと待て。キスと唾液の話も?」
「あはは。そう、DMで聞かれたの。世の中いろんなこと考える人がいるね」
ケラケラ笑いだす姿に深刻さはない。けれど期待と正反対の結果になれば傷つくだろう。
「そういう……性的に見られんのってどうなの? それでもアイドルは楽しい?」
「楽しいよ! ライブではそういう目で見る人いないし」
「前も言ってたけど、分かんねーじゃんそんなの。俺は……嫌だったよ。ライブのときも、こいつら心の中ではどう考えてるんだろうって気になったし」
俺に、アイドルやめろなんて言える資格がないのは分かってる。
ただ小さな頃から知ってる分、やらしい目に触れさせたくない無駄な正義感はあふれてくるのだ。
なのに望々は俺の葛藤をぜんぶ見透かしたように、目を細めてゆっくり微笑んだ。
「マシュってさ、ちっちゃいときから潔癖症ぽいとこあったよね」
「そうだっけ?」
「うん。私が公園で泥遊びしてたら、汚いって言ってたよ」
「あーそんなことあったかも」
たしかに小学校にあがるくらいまで、手が汚れる遊びは避けていた気がする。砂場遊びの記憶がほとんどない。
だからか、泥遊びに夢中だった望々の様子は今でも印象に残っている。
あのとき、望々は満面の笑みで泥だらけの手を差し出したんだ。
『たのしーよ! いっしょにあそぼ!』
価値観の違いって言葉は知らなくても、その存在に気づいた日だった。
「DMの話聞いて不安になった? 悪意で私が汚れるかもって?」
「まあ……普通に心配するだろ」
「大丈夫だよ。あれこれ言われるのは匿名のSNSだけだし。私が歌ってる間は、余計なこと考えさせない。私に夢中にさせるの。そういうアイドルになりたいの」
すごい自信だな、と思う。
だけどじっと見つめられると、きっとそんなアイドルになるんだろうという説得力があった。
「反論できないでしょ? だって昨日のライブ、マシュはそうだったよね? 私が歌う姿に夢中だったよね?」
つい今まで子どものころと同じように笑ってたはずが、自分より大人っぽく余裕ある表情を見せる。
目が離せない。
そうだ。
どんなに暗く汚れても、望々はきっと輝く。
朝になれば太陽が昇るみたいに、雲が晴れれば月が照らすみたいに。
最初のコメントを投稿しよう!