水色のボールペン

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水色のボールペン

    ⒊  マズかった?  印象付けようとして、土屋って呼んでみたけど…  SNSのIDとかDMは、おまけみたいに聞いたけど…  教えてくれるはずないって、最初から分かっていたし。  元々、印象の悪い僕が、そう都合よく近付けるとは思っていない。  ただ土屋は、怒ってる感じはしてなくて…  いや…  怒ってたかなぁ?  まだ、よく分からないから何とも言えない。  実際、僕は大人とか先生とかそんなヤツらに声なんって掛けないし。  年上ってだけで、見下してるみたいな。  年下は、黙って従え的な余裕ぶった態度が嫌いだ。  大人は、いつだって自分は正しいと言い。  間違ったことでも、正しいと貫き通す。  子供って言う僕から見ても、分かるような大嘘付いてバカだよ。  ヘラヘラして、愛想振り撒いている姿に僕は、悪寒がした。  そして…  次第に、自分に対しても幻滅していった。  そんなイラついた考えを、抱えていた時に土屋のあの場面を、目撃した。  いつも、真面目って言うか…  そう言う場面しか知らない。  僕自身、先生とか言う人間が、あまり好きじゃない。  たまに人気のある先生の話しとかを、耳にするけど…  信用ならない大人の一部として、無視していた。  一応、友達が言うには、土屋も…なりに人気があるのだとか…  「二十代後半ではあるけど、顔も容姿もいいし。性格も穏やかそう?」  まぁ…今までの担任が、お節介と言うか、やかましく。ウザ過ぎるヤツらだったから。  「それ…半分。お前が、原因じゃねぇ?」  それも、そうかと思う。  授業中…聞いている振りをして土屋を眺めてみた。  確かに、顔はカッコいい。  身長も高めだし。  彼女が、居るか居ないかは、分からないけど…モテそう?  「そう言えば、三年でも人気あるらしいよ」  「…何で、三年?」  「えっ 朝陽。お前知らねぇ~の? 土屋って、三年の授業も受持ってるからなぁ…結構、忙しいらしいよ。本来は、三年の授業を受持つ予定だったのを…俺ら二年の担任になって予定が、狂ったとか?」  僕のせい?  「そこまでは、言わねぇ~けど」  「でも、私。前の担任のときから土屋先生って、話しやすかったから担任になるって聞いたときは、やった! って思ってたけどね。私以外にも、そう思ってる二学年の子いるって聞くし」  へぇ…  そんなに人気?   今まで気にして、見たことないから。  それに土屋を認識したのって、確か… 僕が、今年の春先。  同じ二学年のヤツと揉めた時だったけ?  事故処理を淡々とこなしているって感じで、業務的で冷たい土屋の姿から、真面目そうな印象が付けられた。  日頃からあんまり冗談は、言わないみたいだし。  年の割りには、堅い人かと思ってたからあの日の午後イチは、本当にビックリした。  「そう言えば…土屋って、本名…何って言うの?」  「今更?」  「ってか、まだ言うか? 懲りねぇ~なぁ…」  「ってかさぁ〜担任になって、半年も過ぎて存在感なさ過ぎ…ウケるぅ〜」  真面目そうって言う存在感はある。  「了だよ。土屋 了」  「りょう?」  隣の席の女子が、日誌に土屋 了と書き出している。  「日誌に、何に書いてるの?」  「ん? 大丈夫よ。冗談通じるから」  ” 藍田くんが、先生のフルネーム知らないと言うので、書いて説明しました!!(笑) “  最後の (笑) って日誌に入る?  「ある程度、真面目に書かないとダメなんじゃないの?…」  その場に居合わせた数人のクラスメート達は、キョトンしたり顔を見合わせてたりとしているが、その中の一人が、急に笑い転げた。  「何に?」  「真面目って言葉、お前から聞くとか思わなかった」  「朝陽くんって、日誌を淡々と書いて提出するタイプだったりする?」  「一応、真面目に書かなきゃダメなんじゃないの?」  「意外! 結構、皆、ふざけた事、書いたり。イラスト描いたりする子いるんだよ。そりゃ~っ真面目には、書くけど一種のコミュニケーション的な?」  「まぁ…これは、その先生によるよな?  一年の最初の担任は、ダメだった記憶ある!」  「次の担任もぉ~っ、日誌は、ふざけて書くな! って、注意してきたし…それだけ土屋の方が、親しめる感じなのかな?」  「以外にダメ出しもあるけど、返してくれるし。授業でも分からないこと聞きに行くと分りやすく教えてくれるし…」  「確かに…授業も、聞いてて面白い時あるしなぁ…」  「あっ…そう言えば、日誌で思い出したけど…人気のアニメのイラスト描いたの誰?」  「はーい!  私! 怒られるかもって試しに描いたらイラスト上手いって、褒められたよ。自信ついちゃった!」  その女子は、自分の書いた日誌のページを見開き土屋の書いた文字を指差した。  土屋の書く文字は、綺麗だった。  そう言えば、自分の書いた日誌のページなんって読み返しこと一度もない。  回されてきた日誌を、手に取り何気に自分が、書いたページを捲る。  そこに書かれていたのは、土屋の文字で、 “ いつも、丁寧に書かれています。ご苦労様 ”  「らしくねぇ~こと書かれてる感じ?」  「別に…」  ホームルームが、終わり。  閑散とした放課後に続くこの時間。  この高校は、必ず部活動に参加しなければならない決まりはなくて、ボランティアや外活動に力を入れている。  だからなのか…余計に時間が、ゆっくり動いているように見えるのかもしれない。  それこそ三年生にでもなれば、進学や就職で放課後は、別々になるだろうけど…  「この学校は、ユルいからね。大学とか目指してる子は、それなりの塾に通ってるらしいし」  「朝陽は、どうすんの? 今更な時期で何だけど…」  まだ何も、決めていない。  正直言って面倒くさい。  「藍田?」  「…帰るね…」  「そっ…じゃ、明日!」  なんか…  気が抜けた。  同じクラスメートなのに僕の方は、何も知らなくて…  日誌だって、取り敢えず真面目に書いとけって、思ってたいたら…  皆、結構…  普通に相談したり冗談書いたり。  それに対して土屋も、普通に返してくれていたとか…  僕も、もう少し何か書けば?  なんって、思ったけど…  それこそ…  「今更か…」  もしかしたら僕の方が、淡々としていたのかも知れない。  職員室って、少し前までは異質な感じがしてた。  嫌いな大人が、うようよ居て…  近くを通るのでさえ、ためらう場所で嫌だった。  三の字に建ち並ぶ。  真ん中の校舎の二階の中央にある職員室。  意外に日当たりがよくて、左右の階段から見渡せる場所でもある。  元々、大人に対して苦手意識が強めな僕は、小中学校の頃からその場所には、用のない限り寄り付く事はしなかった。  高校に進学してからは、その傾向がより一層強くなっていってた。  何となく。通り掛かったふうに廊下を通り過ぎながら視線を向ける。  土屋の席は、中央よりの真ん中。  入り口から見て、背を向けるように座っているはず。  ほら。  座ってる。  今日は仕事してるって訳じゃなくて、楽しげに談笑してた。  一人は白衣の保健の先生だけど…  もう一人の人は、カジュアル私服の先生。  「あの人は、スクールカウンセラーの先生よ。おそらくあの三人って歳的に近いから話しが合うんじゃないの?、って…スクールカウンセラーの先生は、藍田くんの方が、詳しいんじゃない?」  振り返るとそこに居たのは、さっきまで日誌を、書いていたクラスメートの女子だった。  そう言えば、僕が問題を起こす度に面談室に通されて向かい合う人が、居たけど…  「へぇ~…あの人が…」  「えっ…そう言う認識? まぁ…いいけど、何でまだここに居るの? 帰ったんじゃなかったの?」  まさか…土屋を見にきたとも言えず。  階段の方まで、笑い声が響いていたからだと我ながら、アホみたいな言い訳をしていた。  「土屋のこと気になるの? ここの所…土屋、土屋って言ってるし…」  「別に…そこまでいってないし…」  「そう…でも、アンタって頭は良いんだしさぁ…進学とか、考えてるなら。先生方は、敵に回さない方が、良いんじゃない?」  進学…  「今は、何も、考えてないよ」  「お得意の面倒くさい系?」  「さぁ…」  「まぁいいや。暇なら職員室に付き合ってよ」  強引とは、この事だ。  職員室の前をうろうろしてた僕は、何も言い返せないまま腕を引き摺られながら土屋の席に行く羽目になってしまった。  「…日誌ご苦労様って、何で…藍田も?」  「帰るって、言ってたけど…暇そうだったから。職員室まで付き合ってもらったの」  「頼まれても、寄り付かなそうなヤツが?」  そう土屋は、笑いながらチェックしていた書類から目線を上げ水色のボールペンを机に置いた。  そう言えば、この水色のボールペン。  サボってた部屋でも、使ってた。  「そう言えば、藍田くんだっけ? 調子は、どう?」  声を掛けてきたのは、スクールカウンセラーの男だった。  喋り口調が、優しげで…  立場的に何考えているか分からない。  僕が、一番苦手とする大人に見えた。 「何かあったら。相談でも愚痴に付き合うよ。気軽に相談室に来てよ」  その笑顔でさえも、気に食わない。  大人達から距離を、詰められるのになれていないせいか気持ち悪い。  物心付いたときから、大人が嫌いと、自覚しながら…  いわゆる普通に大人だと言われる年齢に自分が、近付きつつあっての今は、学校って枠にはまっている分、気にしないようにしているけど…  自分自身で、大人と自覚した時に僕は、自分を受け入れられるのか…  それとも、大人になった自分を否定するのか…  「藍田…大丈夫か?」  土屋の声で、我に返る。  「えっ…大丈夫です…それじゃ…」  「そっか、また明日な」  挨拶の相手が、土屋でも…    まだ大人と話すって、やっぱり苦手だ。  そう…無理することなんってない。  強がる必要もないって、分かってるけど…  強がっていないと、たまらなく不安になるから。  僕は、そのまま職員室を後にした。  いくら土屋に興味を持っても、あの時みたいに眠っている状態じゃないし。  この間の事で、近付きすぎも懲りたから。  同じ曜日の同じ時間を、狙ってみよう。  歩く度に上履きの靴音が、キュッと鳴り響く渡り廊下。  そこから見下ろす中庭は、ブラスバンドやダンスやチアの練習場となっている。  そう言う光景を見ると、放課後なのだと思えて、少し切なくなる。  守られている場所が、一つなくなるから。  家には、帰りたくない。  だからって、切れ掛かったセフレの部屋も落ち着かない。  駅のコインロッカーに、私服を預けているから。  トイレで着替え制服はどうしよう? 下は良いとしてシャツは、シワになるかな? あぁ…でも、襟さえシワにならなければ、セーターで誤魔化しきく?  でも…替えのシャツ無いから。  家に戻らないとマズイ?  家か…  どうするかなぁ…  仕方がない。  今日は、コインロッカーに預けてある荷物を取りに行って、家に戻って洗濯して部屋に閉じこもろう。  朝になったら早々に、家を出よう。 それが、一番の選択肢だから。  
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