秘密

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秘密

4.  今日は、例の水曜日…  四時限目の授業が、終わったと同時に僕は、教室を出た。  周りからは、購買にでもいくの? 何って言われたけど。  「まぁ…そんなとこ…」  と、足早にって程でもなくて、購買を通り過ぎ三号棟の三階で、例の部屋が見渡せる廊下に隠れて様子を伺っていたら。  やっぱり土屋は、別の階段から上がって来た。  土屋は、職員室の二つある出入口のドアのうち水曜日のこの時間帯は、必ず左側の出入口を使う。  一ヶ月も、張り付いていたから分かる。  後、そっちの階段を使うのは、三年の授業を受持っていて、三年の教室に近いから。  何か、妙に気に食わない。  よく。  三年の女子達に話し掛けられてるのも、楽しそうに笑ったりしているのも、無性にムカつく。  正直、嫌だ。  あんまり歩数的には、変わらないから違う方の階段を使えばいいのにって、思う。  そして、二年の教室に移動する時は、左側の出入口を使用する。  もしかすると、土屋なりの切り替えでも、あるのかな?  だから。  土屋が、例の空き教室に行くのに三年の教室に向かうのと同じ右側の出入口から階段を使うのも、似たことなのかなぁ?  それとも、単に癖?  ここ一ヶ月、得意のサボり癖を利用して調べてみた。  勿論。  水曜日には、空き教室の廊下側から土屋の様子を見て、何度か昼寝している所も、出くわしてるし。  バレるか、バレないか、このハラハラする時間が、今じゃ面白くて仕方がない。  昼休みをいい加減過ごして、適当に時間を潰す。  予鈴も本鈴にも、珍しく聞き耳を立てた。  いつも通りなら、土屋はまだ起きてる。  そーっと、扉の横に立つ。 横目で後ろを伺う様に室内を見ると、机に向かっている時間帯のはずの土屋の姿が、見当たらなかった。  ペットボトルのお茶に裏返しに伏せられた書類。  使い込まれた風の水色のボールペン。  今日は、もう寝てるのかな?  緊張しながら静かに扉を開く。  室内は、誰も居ないんじゃないかってくらいシーンとしていて、無音なのが、逆に怖いぐらい。  ドキッンと脈打つ心臓の音の方が高いような気がして…  恐る恐る足音を、立てないように窓際の机に近づいた。  誰も居ないみたいな雰囲気に、思わず手に持った土屋の水色のボールペン。  教室で、何かメモを取る時にも、職員室でも書類をチェックするのに使っている水色のボールペン。  書きやすいのかな?  それともお気に入り?  今ってボールペンのインクだけでも、バラ売りしてるし。  交換して、使ってるのかも…  なんて呑気に土屋が、いつも眠っているはずの窓際の方へと視線を移すが、そこには土屋の姿は無かった。  アレ?  えっと、  「…何してる?」  重くて冷たい声が、僕の耳へと響く。  ビクリと、波打つ肩が震えた。  振り返ると土屋が、扉を閉じて部屋に入って来る所だった。  「あの…」  近付いてくる土屋のハッキリと見開かれた目に僕の顔が、写し込む。  咄嗟に持っていた土屋の水色のペンを、上着のポケットに入れてしまった。  「あの…誰か、居るのかなって…」  自分でも、アホみたいな言い訳に聞こえて笑いそうになった。  「書類、見りゃ分かるだろ…」  どうしよう…  見つかるかも知れないとは、思っていたけど今日、見付かるとか、考えもしてなかった。  「えっと…」  言い訳が、全然、浮かんでこない。  「今、授業中だろ?」  「あの…えっと…き…気分悪いから次の授業から早退しようかって…その…」  土屋は、オドオドする僕の隣に平然と立ち止まった。  「平気でサボって、学校からも居なくなるくせに? 今更だろ?」  言っている事と、日頃の行いとか、態度が笑い話にもならない。  いい加減過ぎて、流石に笑えない。  「早退するのは、構わない。でも何で、俺がここに居るって知ってる?」  「えっ…職員室で、聞いて?」  土屋は、ニッと口元を歪める。  「俺も、今、職員室から来たんだけど…お前、居なかっただろ?」  もしかして土屋は、全部、知ってる?  水曜日のこの時間帯に、僕が何度も、ここに来ている事…  まさか…  「知ってて、言ってる?」  その目は、人を疑う事しかできなくなっている目だと、哀れむ訳じゃないが… 俺の横に並び立って、見上げてくる藍田から怒りを感じた。  「土屋が、サボってるから…」  一理あってる。  「隅で、寝てるし…」  「入って来ねぇーと、分かんねぇーはずたけどな…」  「…気になったから。見にきてた。悪い?」  と、低く暗い声で、真っ直ぐに向けられた藍田の心境と瞳に異様さを、ほんの少しだけ感じられた。  フト、藍田は我にでも返ったようにアッとした表情を見せると、慌てて出て行った。  “ 気になったから。見にきてた。悪い? ”  って、僕は、何を口走った?  逆に警戒させてどうするの?  これじゃまるで、土屋に…  いや…  有り得ないから。  僕が、土屋を、どうとか思ってもないし!  ふざけんな。  ガラッと、教室の扉を開けた僕は、皆に注目されようが…  教科の先生に注意を受けようが、お構いなしと言うか…  「藍田…くん?」  「オイ。朝陽? どうした?」  「…ぇる…」  「へっ?」  「帰るの !!」  その言葉にいち早く反応したのは、教科の先生だった。  「藍田。土屋先生には、言ったか?」  土屋の名前を聞いた僕は、思わず教科の先生を一瞬、睨み付けた。  「失礼します」  「……そんな感じで、藍田くんが、早退していきました」  俺が、教室に入ってくると早々に日直当番の女子生徒が、駆け寄ってきた。  「先生には、言っていると」  心配げな女子生徒は、どう言葉にしたらいいのか? と訴えてくる。  「大丈夫。早退の事は、直接聞いてるし。家の方には、連絡とるつもりだから」  「そうですか…」  そう言って女子生徒は、席に戻っていった。  実際、前の教科担当から藍田が、急に帰ってしまった事や態度が、あきらかにおかしかったと聞かされている。  時間帯的に学校から藍田の家との距離を考えると、もう着いているだろうと自宅に掛けたが…  自宅の電話は、留守電になることもなく鳴り続けているだけだった。  藍田の緊急連絡先は、略家にいると言う母親の携帯番号と自宅になっている。  もう一度の意味で、今度は母親の携帯番号に掛けたが…  「土屋先生?」  職員室で、電話の受話器を握り締めたていた俺は、同僚に声を掛けられた。  「通じました?」  「えっ…まぁ…留守電でした…」  それは、嘘だ。  藍田の自宅は、相変わらず電話が鳴るだけ。  母親の携帯番号は、通じなかった。  授業の前に掛けた時は、番号を押し間違えて通じなかったのかと、思ったが…  書類に記された携帯番号は、番号を変えたのか…一度も通じなかった。  通じるわけない。  一台目は、着拒されてる。  繋がる方の別な番号は、僕は知らされていない。  土屋だろうと、他の先生だろうと通じる事はない。  父でさえ通じないから。  母は、常にスマホを二台もっている。  ただ…父は、その二台目の存在を知らされていない。  簡単に言うと、それぐらいこの家は、複雑になってる。  ごく普通の二階建ての家は、見上げるのも、うんざりで…  通りからボーッと家を眺めていると、家の駐車場に母親の車が乱暴に停められた。  エンジンが、切られていないって事は、また直ぐに出掛けるのか…  慌てた様に運転席から降りてくる母親の姿は、どことなく若い人を意識した風な厚化粧で、年で言えば、ケバケバしかった。  口悪く言えば、みっともねぇ…  普通のメイクなら若々しくて、キレイな方なのに…  相手に合わせた結果が、あの厚化粧。  “ ババア。年考えろよ ” って、言いたくもなる。  不意打ちみたいにして家のドアを、勢いよく開けてやった。  廊下の奥の右側は、両親の部屋になっている。  その部屋の奥でカタッと音がした。  驚かせたのかもしれない。  どのぐらい振りだろう。  母と顔を合わせたのは…  「出掛けんの?」  「……朝陽?…」  「薄暗いのにさぁ…電気もつけないで…こそこそして何してんの?」  オレの問いに母親は、ムスッと表情を歪めた。  「アンタこそ…帰ってくる時間じゃないでしょ? またサボり」  鼻で笑う母親の顔が、より歪む。  薄暗いから余計に、気持ち悪い。  「ケバい化粧しやがって…男に媚うって、アホじゃねぇの?」  面と向かって、文句を言わなかったオレの死角から母親が、平手打ちをしてきた。  「うっさいわ!! 黙れよ!!」  誰からのプレゼントか、分からないゴツイ指輪が、口元と歯に強く当たり衝撃で、よろめいた直後にオレの脇腹を母親は、派手に蹴り上げた。  妙な蹴りの入りかたで、痛みと言うよりも息が止まるような感覚になり。壁に寄り掛かり床に膝を着くのを、怖いぐらい冷静に魅入る母親は、次いでにとばかりに倒れ混むオレの脚や身体を数ヶ所に渡りドスッ、ドスッと踏み下ろしてきた。  まるで、ゴミでも蹴散らすような目付きと姿は、母親と言うよりも赤の他人に近い。  「ホント、ムカつく。あの男と同じ顔して真面目に説教するな !!」  母親の言うあの男とは、父の事だろう。  オレは、どちらかと言うと父に顔立ちが似ている。  それさえも、母親には鬱陶しい。  見知った母親の顔が、別人過ぎて母親なんって、最初から居ない存在で目の前に立つこの女は、誰なんだろう? ってバカみたいに思えた。  気でも済んだのか、蹴り疲れたのか、母親は無言のまま静かにオレに見向きもしないで、出て行った。  走り去る聞き慣れた車のエンジン音。  口の中に感じる血の味。  ズキッと痛む口元。  全身蹴られて踏み付けられまくって、どこが痛いのかさえ分からない。  表向きは、良妻賢母か言われてるけど中身は、自由奔放を地で行く人だ。  オレが、小学生から中学生になる頃には、父親以外の男が常に一人は居た。  多い時期で、三人。  その頃、父の向こう十年以上の転勤話しが持ち上がった。  当然のように家族で付いていくものと思っていた矢先にオレは、母親が見知らぬ男と密着して歩く姿を目撃した。  父親は、ハッキリ言ってオレよりも鈍感で、母親のちょっとした変化に気付いた風には見えなかった。  母親は、オレの進学や進路を言い訳にここに残ると言い出し。  父親の単身赴任が、呆気なく決まった。  ナゼ…父親に母親の行動を言わなかったかと…言うと、  父は、父で母親を…どうとも思っていなかったから。  妥協と体裁で結婚した二人だから愛情なんてモノは、最初からなくて俺も幼い頃から二人の異様さに気付いていたから。母親に関して見たことは、言うべき事じゃないと口を噤んだ。  脇腹を蹴られた痛みから、うずくまるオレの横を母親が、素知らぬ顔で家を出ていくと同時に、自宅の電話が鳴り続けたけど、しばらくして電話は切れた。  繋がらない自宅の電話に何度も掛けたが、誰かが出る気配するない。  その日は、藍田の件もあり。  いつもよりも、早目に学校を後にした。  時刻で言うと、だいたい六時過ぎ頃だ。  冬が近付き早目に日が、暮れ始めるせいか肌寒く感じる。  それはいいとして、ナゼ母親の番号に繋がらない?  イラついた衝動で、思わずタバコに火を付けていた。  まぁ…そのおかげか、少し冷静になれた。  取り敢えず藍田の自宅に車を走らせる。  住所を基に訪れた自宅は、夕暮れだと言うのに明かりはなくインターホンを鳴らしても、人の気配は感じられず玄関には鍵が、掛けられたていた。  「帰ってないのか?」  念のためとスマホで、自宅の方に掛けてみたが、遠くで電話が鳴るのが分かるが、相変わらず誰も、出る気配もない。  仕方がなく車に戻りボンヤリと考えた。  藍田のヤツどこに行ったんだ?  以前、藍田が、冗談か本気か分からない態度で俺に連絡先を教えろと、言い寄ってきた事があった事を、不意に思い出しながら車のエンジンを掛けると、同時にカーステレオのラジオから時刻が、七時を過ぎましたと女子アナの弾んだ声が、耳に届いた。  ヘッドライトを点け川沿いの道をゆっくり走らせる。    
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