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似た者同士
5.
“ 家になんって、居たくなかった ”
何で…オレばっかり。
身体中を、ドスドス蹴られた痛みと訳の分からない気持ちが、入り交じって泣きそうなぐらい腹立たしかった。
足も引き摺らないと、歩けない感じでトボトボと言うよりも、ダラダラ歩いている風にも見える気がするのか、擦れ違う人は、目も合わせてはくれない。
そんな時、ピッカと車のライトの光りが、ゆっくりと近付いてきた。
「もしかして、藍田か?」
車道から、そう声を掛けられた。
「早退したと、聞かされたけど、どこ行ってた?」
振り返ると土屋が、車の窓を開け路肩に止まっていた。
「…フラフラして気分が、悪いならなおさら家に帰った方がいい良くないか? 今日は、冷えるらしいし…」
気持ちが、冷えきってるオレに対して土屋の声が、心地いい…
歩いているのが、やっと、それ以前に意識が朦朧とし始めている…
オレは、土屋の声に対して、どんな顔して振り返ったんだろう。
土屋が、ハッとした表情をした。
まぁ…どうでもいい。
そっぽを、向いた訳じゃないけど、今はさっきみたいに土屋と張り合う気力も無いからと、オレは……
前を歩こうとする。
そんな僕を、土屋は再度、呼び止め腕を掴んだ。
「取り敢えず。車に乗れ…」
頭がボーッとしていて、思考が働いてないって言うか、歩き疲れたと言うか…
背中を、擦るように置かれた手の大きさや温かさに目が、覚める感覚だった。
車内は、少し暖房がきいているのかホッとなった。
そして、微かに残る煙草の香りに運転席側に置かれた灰皿。
土屋って、煙草吸うんだ…
少し意外だった。
そんなの吸わなさそうなイメージだし校内で擦れ違っても、近付いても、そんな匂いはしてこなかったから。
「…夕方と夜だけだから。勘弁してくれ…」
そう言って車を、走らせる土屋に僕は、変な安心感を覚えはじめていた。
大人なんって、敵で信じられない考えは、変わらないし。
周りに居る大人のようには、なりたくないと言う思いや憤りとか、どこに怒りをぶつけていいのか、分からない。
フト、窓の外に目を向ける。
「土屋…なんで、僕の家の住所知ってるの?」
「担任だからな…」
そりゃそうだ。
何を、今更…
「俺の借りてる部屋の近くでも、あるんだよ」
「そうだったの? 大雑把にどの辺?」
気でも、張ってないと気が遠くなり掛ける。
「川の反対側」
そう言えば、あの辺りは昔からマンションやアパートが、多く建っていたはず。
「…なぁ…それよりも…」土屋は、僕の顔を食い入るように見詰めた。
「誰かに殴られたか? しかも結構…強目に」
咄嗟に腕で、顔を覆う。
「ケンカ…弱くは、なさそうだけど、自分から仕掛けるタイプじゃないだろ?」
言えない。
口ごもり下を向くように車外を見てた。
まるで土屋の声なんって、聞こえてないかのように…
それから数分、車が走ると僕の自宅前に着いた。
「着いたけど…相変わらず。真っ暗だな? 誰も居ないのか?」
無頓着な父親は、地方の支社に長期の単身赴任、母親は…
「…その…夜勤のある会社だから、居ないんです…」本当は、専業主婦だけど…
「? 降りないのか…」
「鍵…忘れたみたいで…」
本当は、スクールバック中に入れてある。
母親の不倫だか浮気が、元で抗論して、平手打ちされて蹴られまくったとか、言えるかよ。
「ちょっと、待っとけ…」
そう言って土屋は、車の外に出て何やら誰かと通話を、し始めた。
口の動きを見ていると、一瞬。
“ シュニン ” と動いている気がした。
シュニンって、主任?
あの僕が、問題おこした時に吹っ飛んでくるゴリ押しのオバサン主任。
えっ…何で…土屋と主任が?
しばらくして運転席に戻った土屋は、許可が取れたと言い車を走らせた。
「あの…許可って、何?」
「藍田を、泊まらせる許可な…」
「ドコに?」
「俺の部屋…まぁ…主任達は、藍田の父親が長期出張っていうのも、知ってた。ただ母親が夜勤の仕事で留守がちだって言うのは、初耳だそうだ。まっ…今日は、時間も時間だし。本人言うに鍵が無いのなら。緊急の措置だと…」
「ありがとう……ございます…」
「うん。母親も、明日には戻ってくるんだろから。それまでな…」
僕は、唇を強く噛んだ。
傷口に染みたけど、そんなの気にならないぐらい複雑な気持ちだった。
それを察した土屋は、コンビニの駐車場に車を停めた。
「藍田?」
「当分、帰って来ない」
「何で?」
「…あの人…不倫? 浮気っての? してるから…」
きっと、呆れてる。
親も親ならや子も子だって、土屋だってそんな顔して……
なかった。
静かに、僕の方を見ていた。
その顔が、至って平然としていたから逆にホッとした。
「…元々家族に無関心な父親が、向こう十年以上とか言う長期の単身赴任で…あと最低でも、五年以上は、帰ってこないからって。それで元々あった母親の浮気癖が、父親の不在で数年前から酷くなってきて…」
さっきも、男に媚びる母親と顔を合わせるなり言い合いをしたけど…
僕が、知らないだけで…
男連れ込むのは、日常茶飯事なんだろうし…
相手の家に入り浸るのも、当たり前。
「藍田が、家に帰らないのは…」
「半分、母親が影響しているかも…」
家に帰っても、邪魔扱いされるし相手の男とは、鉢合わせしたくない。
「その平手打ちされたケガは?…」
「母親に…あと、右の脇腹とそっちこっち蹴られました。ちょっと痛いかも…」
「そう言う事は、早く言え !!」
少し荒々しい口調だったけど、僕にはその声が、優しく聞こえた。
「このまま病院に行くぞ!!」
「えっ…でも、お金…」
「そんなの心配するな…この近所に昔からやってる。医院がある。知り合いが、医者してるから診てもらうように掛け合う…」
「僕は、大丈夫ですけど」
嘘。
多分。大丈夫じゃない。
「顔が、赤いな。ケガで熱が、出てるんじゃないか?」
いつもの気だるさとは、違ってホント目眩のするダルさ。
熱のせいなのか、息苦しい。
「何で…逃げ出さなかった?」
何で? それは…
「逃げ出せば、奇声上げけて追い掛けてきそうだったし」と、言うのは言い訳。
「…お前…殴られるだけのヤツじゃないだろ? 止めたりは、できただろう?」
なんか、土屋の言葉に笑ってしまった。
「…本気で、言ってる? “ 僕が ” 母親を止めたりしたら。変な言い掛かり付けられて…悪者にさせられる……」
「藍田?」
「ちょっと…休ませて…」
しばらくして藍田は、助手席で安心した風に寝入った。
6.
季節柄、夕暮れに入る速度は、異様に早くて、あっと言う間に夜になってしまう。
木造作りでレトロでも言うのか、少し西洋風な医院の床は、飴色に磨かれ。
ドアノブや部屋入口にある診療室や受付けなど説明するネームプレートも年季が入って、改めてみると年代物の装飾品が、今もなお使われている事に驚きつつも、そのままそのレトロが、普通だと思っていた事にも驚いていた。
しかも、その当時は全部の医院、病院は、こう言う所なんだとか本気で思っていたから。
自分が、例のケガを負って市内の総合病院なんって所に入院する羽目になった時も、総合病院のガチのデカさに戸惑ったと言うか…カルチャーショックのようなものを言う受けた。
それだけデカイ病気も、ケガも無く少しの風邪は、ここで処方された薬を貰って飲んだぐらいで、済んでいたのだから健康体だったのだろう。
「取り敢えず。骨や内臓には問題はない。ただ打撲だが、かなり酷いな」
「そっか…」
「けど…親に殴られたとか…お前じゃあるまし…」
「ここまで酷くは、なかったよ…」
そんな大昔の事、今更だと付け加えた。
「十年くらいしか、経ってねぇーぞ…」
医院の奥に増設されたレントゲン室やら検査室の方から顔を出した白衣の男は、藤里 秀哉と言い。俺よりも四つ上で、この近所に住んでいた頃の兄貴分だった人だ。
「悪い…無理言って…」
「別に、今日は、まだやってる時間だから気にすんな。それにお前の事知らねぇ…訳じゃないからさ…」
気さくと言うか、人当たりの良さや職業柄医者と言うことも含めて、信用のおける人物だ。
ここ以外の病院に行ったら、知らぬ間に警察に通報されるのがオチだ。
「で…今、藍田は?」
「本人は、平気だと言っていたけど、痛みが酷そうだったから痛み止め飲んでもらって、落ち着いたのか眠ってる」
秀哉は、治療室のカーテンを僅かに開けてくれた。
先程よりも、痛みが和らいだのか静かに休んでいた。
藍田が、どんなに苦しんでも…
悔しい気持ちが、あったとしても、それを声には、表すことはないだろう。
きっと、道端でフラフラ歩く藍田を見付けた時と同様に何でもないと、平然と答える。
それが、藍田の本心だから。
痛くても痛いとは、言わず。
寂しさや心細さは、決して誰にも悟られたくないはずだから…
本当の藍田は、自分を偽り不器用にも、そうやって生きてく事を選んだ。
「なぁ…警察とかいいのか? 診断書も書けってなら。いつでも書くぞ…」
「…………」
俺は、歯切れ悪く言葉を濁した。
「もう一方の親に連絡して見るよ。ただ…俺と同じで、もう片方の親も……」
親も子も、家族に振り回される事には変わりはない。
そう気付くのに家族の存在が、邪魔をする。
子が子供なら家族が、居なければ生きていけない。
それは、物理的な当たり前の事だ。
ただ…
家族と言う一緒の枠でも、疎外感を持ちながら生きていく事は、非力な子供には、酷な話だ。
まぁ…それは、俺の見解。
藍田は、ずっと疎外感を家族に対して感じてきたのだろう。
どうして、そうまでして一人でいようとしているのか…
まるで…ヤツや俺のように。
「ホントお前ら似てる。お前も、家族に殴られて、うちのオヤジの所に何度も
担ぎ込まれてたからさ…まぁ…最後は見兼ねたオヤジが、警察に通報したけど…」
確かに、アレだけ殴られた上に階段から突き落とされそうになって、逃げ込んできたら。
通報されるわな…
「オヤジから代替わりした頃、当時のカルテを、見せてもらったけど…相当、お前ヤバかったぞ…よく骨折やら内臓やられなかったな…」
「中学の頃の話だろ?」
「関係ねぇーよ。なんか突っ掛かるモノとかねぇーのかよ?」
「ねぇーよ…それからも、色々あったしな…」
「…そう言えば、いつもの保湿剤無くなる頃じゃねぇーの? これから乾燥する季節だからな。多めに出しとくか?」
俺は、無意識に首元に手を当てた。
甦るのは、強烈な痛みでも、鮮明な記憶でもない。
ヤツの泣き叫ぶ声。
「…その傷跡のヤツは、今は外国だっけ?」
「元気にしてるって、何日か前に連絡来てたよ。年末に帰省がどうとか?」
「…そっか…」
改まって、納得したような秀哉。
「さて…この子どうすんだ?」
「あっ、取り敢えず俺の部屋で、しばらく様子を見るよ。家には帰りたくないらしいから…」
「そりゃそうだけど、お前一人で帰られるか? いくら小柄な子でも高校生だろ? 自分の荷物もあるだろうし。この子の荷物もあるんだろ? なんなら荷物持ちぐらいはするぞ」
「迷惑じゃ?」
「そうでもねぇーよ。医院は、もう時期閉める時間だし。オレとしては、スーパーで半額の惣菜かツマミになるものを調達したいんでね」
そう言って秀哉は、笑った。
助けられてる笑顔と言うか、安心させる表情は、得意分野なんだろうと思わせる。
「お前には、多目の保湿剤と藍田くんって言ったか? 彼には痛み止めと胃薬、湿布を出してやるから。藍田くんを車に運んで、先に帰って待ってろ…お前の所の駐車スペースに横付けして荷物持ってやるから!」
そんな話をしたのが、今から二時間程前だ。
相変わらず藍田は、眠っているが…
痛み止めで、薬で眠らされているのかもしれない。
静かに俺のベッドで、寝息を立てている。
苦しがってない所を見ると、こちらとしては、安心もしたが…
もう少し早く駆け付けられたんじゃないか? そんな思いに申し訳ない気持ちがまさった。
藍田の口元には、大き目なガーゼがテープで止められている。
何か固いモノが当たったのではないか、と言う秀哉の見解だった。
ガーゼの上からでも腫れているのが、分かる程だ。
「俺みたいに痕が、残らないと良いけど…」
思わず藍田の顔に触れていた。
熱は、無さそうだし。
寝苦しくも、無さそうだ。
何となく。
その顔と言うか、寝顔と言うか…
やっぱり雰囲気が、ヤツに似ていて調子が狂う。
前から言っているように、ヤツと藍田は違う。
なのに同情のような哀れむ気持ちが、沸き起こって仕方がない。
顔から手を離すと、ハネっ毛のあるサイドの髪が、爪に引っ掛かった。
一瞬、モゾっと動き。
起きたか? とも思ったが、藍田はまた静かに寝入った。
焦ったのは、言うまでもなかったが、俺は無意識にその頭を撫でていた。
まったく。何してんだか…
手に残る柔らかい髪の感触に、戸惑ったが、何してんだかは、まるで他人事のように俺を、困惑させる。
決して、私情を持ち込んだつもりはない。
藍田は、よく問題を起こす生徒だ。
担任だから。
赤の他人よりは、近い存在なのかも知れないが…
それ以下でも、それ以上でもない。
だから。
教師と生徒、俺とヤツのように距離感を履き違えてはならない。
いまだに手に残る髪の感触を、大袈裟に消すために、手を力強く握り締めた。
取り敢えず今は、そのまま眠って少しでも、傷が癒えればいい…
そんな気持ちが、握り締めて出来た手の平の爪痕に痛みと共に残った。
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