痛みとメッセージ

1/1
前へ
/6ページ
次へ

痛みとメッセージ

 6.   藍田 朝陽 四月生まれの十七歳。  見た目だけなら品行方正。  それなりに、万人受けする容姿。  よくサボり気味だと、他の先生達から指摘されるが、成績はそれなりに優秀。  スポーツも、それなりに出来て華やかな見た目で、校内でも男女問わず人気がある。  それもあってか、よく告られているらしい。  一ヶ月前は、一学年の主任とかサッカー部の顧問から部の一年が、かなり頻度で、藍田に付き合って欲しいと追い回していた事が、発覚して厳重注意となったし。  四ヶ月前にも、三学年の女子が、執拗な付きまといや待ち伏せと言った同様の事案をやらかして、三年の中途半端なこの時期に転校していった。  本人の居る二学年も、例外ではない。  他のクラスの男子が、話しすら聞いてくれないことに逆上して、使ってない空き教室に藍田を、無理矢理連れ込み既成事実的な行為を画策したらしいが、盛ってるバカな男子生徒は、相手も自分と同じ男だと言う事を忘れていたのか…  逆にボコボコにされ。  藍田が、自ら通り掛かった先生に助けを求めたとか…  まぁ…俺も、一応担任として、その場に行ったが…  相手の生徒は、半裸で見るも無惨な程にフルボコ状態。  一方の被害者である藍田は、制服が破られ見た目が、少々乱れている程度だっが、唇からなのか、口の中からなのか、口元から血が流れ左頬には、殴られた痕がくっきりと残っていた。  今回の傷痕にも、似ている。  まぁ…  そんな話しだからと言うのもあり、双方の両親も学校側も、穏便にと手を打ったが、相手の生徒が自主退学を望んだことは、ある意味懸命な選択だったと言える。  ただ藍田の凄い所は、制服がボロボロにされこともあり。次の日からジャージ登校で、平然と学校に来た事だ。  周囲は驚きざわついが、等の本人は何食わぬ顔で授業を受け続けた。  冷めていると言うか、感情が全く読めない顔をしている。  その事件が、半年前…  その半年後。  俺の中で、大きな進展を見せた。  例の自主退学に追い込まれた方の元生徒と偶然、町で触れ違った。  気づいた時点で、気まずさが若干流れだが、そこまで重く考えず軽く元気か? とだけ言い。俺は通り過ぎようとした。  すると元生徒は、俺を呼び止めた。  「あの!」  「……ん?……」  「先生は、まだ。あの学校に?」  「…アイツの担任だよ」  「…そう…ですか…」  隠すことなく嫌な顔をされた。  怪訝な表情とも、取れる微かな顔の動きだ。  こんな所で、立ち話でもと言う理由は疑問だが、大通りの人波に逆らいながらならと、互いの口から出掛かった話しの内容を考えると、人けの無い公園で良かったのかもしれない。  「土屋先生…言い訳になるかもだけど、オレ、アイツとヤるのアレが、初めてじゃなんです…」  初耳だった。  「あの時は、言い訳すんのも面倒で…一方的にオレが、襲ったみたいな幕引きだったけど…」  おそらく自分の仕出かした件が、口を噤ませたのだろう…  「合意の上? ってやつで……何回目か、だったし」  そんな事、俺に言われても…  「最初から。アイツに、お互い恋人にはならない。絶対、相手に気持ちは、求めないって条件出されて…」  なんだそれ。  立派なセフレ扱いだろ?  随分と、ヤバいヤツの担任してんだなぁ…と、その時改めて思った。  俺自身、中途半端な辺りからあの学校に来た事もあり最初にも言ったが、本当に見掛けは品行方正で、おとなし目の真面目な生徒にみえた。  でもまぁ…  今にしてみれば、ヤツの元担任達も過労と鬱で辞めたていったのだから。  明日は、我が身か? と吹き出しそうになった。  確かに面倒くさい生徒ではあるが、前任者達みたいに俺は、気弱じゃねぇーし…  大方…  次々と、明るみになるヤツの素行に前任者達は、鬱にでもなったんだろう…  向き合う度胸も無いくせに、強がって無闇に口出して、正そうとか思うから、キャパオーバするだよ。  まぁ…前任者達のやり方や考えを、否定する気はない。  真面目な先生なら、それなりに口出しするだろう。  それに、譲歩して生徒らが、全部合意の上で、付き合っているなら見ない振りぐらいはできたろうに…  「…合意かぁ…でも、オレそこまで、割り切れなくて…好きでヤルもんだと思ってたから。でも、あの日…ヤった勢いで告白したら。アイツは」  『言ったよね? 付き合う気は、最初からないよって、僕とはセレフ。それが、守れないのなら。もうセレフも無しだよ…』  『 オレは…』  『惨めったらしい。萎えた…』  「オレ、頭きて…無理矢理アイツの身体を押さえ付けながらキスしたら唇に咬み付かれて、反動で顔を結構、強く殴ったらブチ切れられました」  「……で、あの騒ぎに?」  「そんな所です」  あの件の裏にそんな事が、あったとか…  何が、穏便に手を打っただ?  ちゃんと、調べもしないで。  一方的な物言いで、決着とか…  ガキどもでも、そんなアホな話し合いしねぇーよ…  まぁ…正常なクラスを、まだ受け持ったことねぇーから。  知らんけど…  元生徒は、声のトーンを変えた。  「オレ…今、日中バイトしてて、ある高校の夜間に通ってます。オレのしたことは、かなり問題だと思うし。これからも、どうなるとも、分かんないけど…」  元気そうに振る舞いながら元生徒は、隣で頭を掻いた。  「そっか、でもまぁ…取り敢えず今は、安心した。一組の担任には、今、頑張ってることを伝えとくな」  「ハイ…でも、土屋先生。こう言っちゃ何ですけど…よく辞めませんね。今まで一番、病みそうに見える先生なのに…」  「そうか?」  「あの先生…俺、藍田が、皆から言われるようなヤツには、見えなくて…本心隠してるようで力になれたらなぁ…って、思えたんだけど俺には、無理でした…」  夏場の強い陽射しが、容赦なく照り付け額に滲む汗を拭った。  その話しをしたのが、今から二ヶ月前の夏休みが、終わる頃だ。  今なら分かる。  その言葉と、その気持ちが…  それから二ヶ月後の今、藍田は、母親に殴られ…  あの時よりも、ボロボロになって俺の部屋のベッドで寝入ったまま次の日の昼を迎えようとしていた。 ⒎     何か…  お腹が空くような、いい匂がした。  久し振りに嗅いだご飯って言う匂いに、お腹が鳴りその音で目が覚めた。  そう言えば、昨日は…朝からろくに食べてない。  って、ここは…ドコ?…  そんな考えの中で自分が、見知らぬ場所に寝かされている事に、驚いた。  あれ?  昨日は、  そうだ…  母親のいわゆる逆鱗? に触れてボコボコされてフラついて歩いていた所を、土屋が見つけてくれて病院に連れて行ってくれたんだっけ?  左頬にかなり痛みが残っているし。  起き上がろうとすると、身体中に痛みが走って、身体を動かせない。  そっか…  ここは、土屋の部屋なんだ…  オレ。  治療台の上で、寝ちゃって、  多分。運んでくれたんだ…  ボーッとした意識の中で、誰かの気配に気が付いた。  「…藍田… 起きたのか?」  耳に届いたのは、学校では普段あまり聞かない低く落ち着いた土屋の声だった。  身体を、動かせないオレは目だけを動かした。  「起きれそうか?」  「ん…」  口を開こうとした時、口元に痛みが走った。  どうやら喋る事も、難しいらしい。  「…………」  「口を動かすと痛みが、出るかもって秀哉が、言っていた…傷口が、思ったよりも痛むようなら化膿止めも出すって…言っていたから。心配はいらない…」  目に映った土屋の姿は、いつもの真面目な姿とは違って、ラフでダボッとしたトレーナーを着ていた。  こう言う部屋着も、着たりするんだ…  土屋と言えば、真面目にスーツでネクタイが、基本の服装だから。何となく見慣れない格好に戸惑った。  そりゃ…そうだよな…  ここは家だもん。  逃げて、隠れる場所じゃない。  この頃のオレは、家に居ても直ぐに外に出れる格好で、主に自室に込もって過ごしていた。  その気になれば、二階から隣の塀を伝って外に出た事もあった。  だから部屋には、靴を置いていた。  さすがに裸足では、走れないし。  近所から何を言われるか、分かったもんじゃない。  それらの原因は、言わなくても母親だ。  なるべくなら家には、帰りたくないし母親には、関わりたくない。  嫌みの一つでも、言ってやろうなんって思わなきゃよかった。  「少しは、寝れたか?」  身体の痛みとは違って、頭だけはスッキリとしていた。  近付いてくる土屋は、普段と変わらない様に見えたけど…  首元の傷痕と言うよりも、火傷の痕のような…  それに目がいった。  ハッとオレの視線に気が付いたのか、土屋は慌てて服の襟首を掴んだが、土屋が困る必要なんってないし。慌てる必要もないとオレは、大袈裟ぐらいに首を振った。 「…だい…じょ…ぶ…」 顎が上手く動かせないのか、オレの発音は片言みたいになって聞こえる。  だいたい。  その傷痕を、面白がって見たのはオレだし。  思ったよりも、深そうな傷痕は、土屋を押し黙らせてしまうほどに強烈な意味を、持っているんだろうか?…  「喉乾いたろ? お茶を持ってくるから…」  そう言うと、土屋はスッと部屋を離れていった。  ベッドと小さな折り畳み式のテーブル以外、何も置かれていない部屋は、殺風景と言えば殺風景で…  薄いレース状のカーテンが、日除けも兼ねて閉められたままになっている。  「入るぞ…」  そう言いながら入ってきた土屋は、コップとストローを乗せたトレイを、持って現れた。  「飲めそうか? 飲むなら起こすのを、手伝う…」  確かに喉が、乾いている。  抱えられる様に起こされた。  それと自力で起きているのは無理だと思われたのか、土屋は咄嗟に近くあったクッションや枕を背中側に支えとして置いてくれた。  学校で同学年のヤツと、殴り合った時もそれなりに顔は腫れ。  身体も痣だらけだったのに…  今日は、あの時よりも身体が痛んだ。  差し出されたコップには既にストローが入れられている。  「染みるはずだから。ゆっくり飲めよ。それとも自分で持って飲むか?」  オレは、頷かなかった。  どうしたらいいとか、どうすればいいとか…  何も考えられなかった。  別に母親に殴られた事は、初めてではないし。  罵倒されるのも、昨日が最初ではない。  いつからだろう? 母親って生き物が、醜くて歪んだ化け物みたいな姿に見える様になったのは…  バカらしくて、涙も流れてこない。  喉の渇きを潤す様にか、出掛けた母親への恨み言を、一緒に飲み下す様にコップのお茶を飲み干した。  「大丈夫そうか?」  土屋は、オレの顔を覗き込む。  途端に鳴り出す腹の音。  赤面するオレは、冷や汗をかいた。  「…あっ…のぉ……」  「うん。まだ痛みで、噛めないだろうからスープを作った。今持ってくる」  いつも通りと言うか、大人な対応と言うのか…  良かった。  からかわれなくて…  その前に。  めちゃくちゃ恥ずかしい。  腹の音、聞かれるとか最悪だ。  まぁ…土屋の事だから生徒の失敗を笑う人では、ないはずだけど…  うじうじと悩み事を暴走させるオレの元に土屋は、マグカップに入れた野菜のスープを持ってきてくれた。  さっきと同じでマグカップには、短めのストローが、予めさしてあった。  「冷ましてはあるけど、熱いから。ゆっくり飲めよ」  お茶と同じ様に土屋は、マグカップを掴んだままストローだけをオレの口に運び咥えさせてくれた。  染みないように、恐る恐る口にしたスープは、コンソメ味で、溶けた野菜が甘かった。  ジャガイモやニンジンとかの野菜が、ペースト状に擂り潰されていてストローでも、飲みやすかった。  「おかわり要るか?」  「大丈夫…です…」  土屋は、優しい大人なのかな?  オレが、あれだけ困らせたり。  おかしな原動を繰り返していたのに…  こう言う大人も、いるんだ…  「一緒に薬も、持ってきたから。これを飲んで休むといい…」  「…………」  「湿布と顔のガーゼは、もう少し経ったら交換しよう」  再び支えられる様に寝かされたオレは、土屋が部屋から出て行ってからボンヤリと天井を見詰めた。  そう言えば、今日は木曜日のはずた…  何で土屋が、居るんだろう?   休んだ?  オレのために?  今まで出会った大人の大半は、自分勝手にキレて傷付けてくるだけの大人と、無関心な大人のどちらかだったけど…  我儘なオレを、助けてくれたのもまた土屋って言う大人。  結局、オレはまだガキだから。  大人からは、逃げられない。  オレが、大人になった時、オレの目に両親って存在は、どう映るんだろう…  そう考えながら。また眠りについた。     しばらくして藍田が、眠った事を確認してから。  学校の方へと連絡を取った。  藍田のケガや母親の事は、昨夜のうちに主任を介して伝え終えていた。  今日は、緊急の措置として藍田に付き添うと言う事で休みをもらった。  明日は、医院が休みの秀哉に任さられるとして…  金曜日は、どうするか?  俺の受け持っている授業は、二時限からだから。朝は何とかなりそうだが…  昼は、秀哉に来てもらえるか掛け合ってみるか?  午後は、早目に帰宅させてもらえるように話してみるか…    ブーブーブーブー    スマホが、鳴った。    ブー  『ゴメン! 仕事中だよな!』  メッセージが、届いた。  『大丈夫。休みで家に居る…』  『えっ……何で?』  『色々、あって…』  『文面が、疲れてそう。電話する?』  『今、人が居るから』  『珍しい!』  アニメのキャラが、ビックリした風な顔のスタンプが、送られてきた。  『誰をとか言わないんだな?』  『何って言うか…』  『あの土屋が』  『家に誰かを上げるとか?』  『訳有な気がするから』  と、偉い速さで立て続けに返信されてきた。  『まぁ…』  『今日の所は忙しそうだから』  『バイバイ』  と、それも同じアニメの挨拶スタンプを送ってきた。    フーッと大きく溜息を吐く。  コイツは、こうやって急に連絡をしてくる。  俺の何かを察知したように、こうしてたまに機嫌を、伺ってくれる。  間が、良いような…  気にかけられているような…  頻繁に会えない距離だから。  こうして文面だけでも、繋がっているのかと思うと…  不思議でしょうがない。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加