インターハイで

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

インターハイで

 私は中学3年生から結構強い卓球で有名な学校に入った。  公立高校では全国でも唯一の学校だった。  インターハイは団体で10年間ベスト4に入っている。  その他、ダブルスやシングルスの試合も上位に残るのが常だった。  さて、私は団体戦のダブルスを組んでいる相手と、個人戦でもダブルスの試合に出ていた。  当然優勝を目標に試合をしている。  私はあまり卓球が好きではなく父親に無理強いされてやっていたので、個人戦のシングルスは特に頑張るつもりもなかった。  でも、団体戦や、個人戦のダブルスは相手がいる事なのでやはりそこは手を抜けない。  一生懸命やるつもりでダブルスの個人戦に臨んだのだが、突然これまでになかった現象に襲われた。  今でこそ、よく耳にするのだが、それまでの動きが突然できなくなる『イップス』というやつだ。  ただでさえへたくそなフォアハンドが全く入らない。手に力が入っているのか入らないのか分からないような感覚が私を襲い、ラケットがどこを向いているのかすら、普段は感覚でわかるのに、目で見ないとわからない。  それも、何度も練習試合をしていて、これまで負けた事の無い相手との試合だった。まだ準々決勝の時だ。  いつも勝っていた相手だったし、特に緊張したつもりもなかったのに。  試合が始まって、3本くらい打った時にそれは始まった。  私は先に行った通り元々フォアハンドがヘタなので相手は最初から私のフォアを狙ってくる。そして、私がミスをするのもいつもの事なのだが、せめて一本繋がないとパートナーにボールが回らない。  いくら下手でも、ここまでミスが続くのはおかしいと、ようやくパートナーが私を見た。 「ごめん。何だかわからないけど、手が動かない。どうしよう。」  試合中なので、最短の言葉で今の状況を伝えた。  腕が動かなくてパニックを起こしているのだが、頭は試合モードなので、なんとかしなければいけないと叫んでいる。  皆様ご存じだと思うのだが、卓球は一本交代で打たなければいけないので、パートナーに丸投げすることはできないのだ。 「相手はフォアばっかり狙ってきてるんだから、バックで回りこんで。それでも無理な場所だったらとにかく高くなってもいいから一本繋いで。」  私は左ひざが悪かったので、バックハンドを使う事が多く、バックハンドでフォアまで回りこむことも普段から練習していた。 『そうか。バックなら、力が入っても入らなくても、角度は決まるだろう。』  卓球は打つ距離が短ければ、バックなら角度さえ決まっていれば何とか入る。いつもはラケットを振っていくのだが、その時はとにかくバックハンドを固めて、相手に返すことを心掛けた。 「わかった。」  あまりタオルを使っている時間が長いと審判から注意を受けてしまうので、半分泣きそうだったが、とにかく試合を続けた。  こんなところで負けるわけにはいかない。  私のフォアハンドは異質ラバーだ。  ゲームが再開して最初のボールはフォアの厳しいコースに来た。 『ミスだけはしない。』  なんとかフォアハンドをだして、ようやくボールに当たった。  ポカーンとボールは上がってしまったが、とにかく相手コートに入った。  私のパートナーは異質ラバーで、台上でボールを止めて戦う変わった戦型だった。  スマッシュボールを打たれても、台上で処理して返すことができる。  私はフォアが異質ラバー。バックはスピードの出るラバーで、私達と同じ戦型のダブルスはインターハイの中でもいない。二人共前についているが守備が優先のダブルスなのだ。  相手チームが私達と練習し慣れていたのが逆に幸いした。  私のフォアハンドの異質ラバーで上がったボールは結構打ちづらい変化になる。相手は打ちあぐねて強打はこなかった。ゆるく返ってきたボールをパートナーが厳しいコースに降り、ようやく点が取れた。  そこからも相手がフォアに甘く返してきたボールは私はバックで回り込んでなんとか返す。  パートナーは普段は無理をしないのだが、私が全く頼りにならないので普段決定球を打ちに行かないのに次に私にボールが回らないようにラケットを反転して持ち換えて、裏ソフトで強打をしていった。  相手チームは、あまりにもこれまでの練習試合と違う私たちの戦い方に逆にパニックを起こして、普段しないようなミスをし始めた。  私の脳の誤作動は相手のミスを見て落ち着いたようで、1セット目の途中で、フッと気付くと、いつも通りに腕が動くようになっていた。  私のパニックは去った。  パートナーにそれを告げたが、今の作戦のまま一セット目をとってしまおうと言う事になった。    1セットが終って、監督の所に行くと 「なにやってんだ!」  と、当然言われた。 「いや、実は私の腕が緊張のせいか動かなくなって。もう大丈夫です。」 「じゃ、2セット目からはいつも通りでいけ。1セット目で相手が混乱しているから。」 「「はい」」  私とパートナーはその通りにして、簡単に準決勝に進むことができた。  結局、決勝では相手が2人ともカットマンのコンビと当たり、決定球を打つのが苦手な私たちはセットオールの末負けてしまった。  それから大学まで卓球を続けたが、『イップス』になったのはあのインターハイの一度だけだったので、とても心に残る試合になっている。  あの緊張の中での突然のパニックの恐ろしさは、今になっても思い出すたびに冷や汗が出るほどだ。 【第一話了】  
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!