初めてのお勤めの7階で

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初めてのお勤めの7階で

 私が初めて勤務したのは、卓球の成年の国体女子の監督の勤めている会社の東京営業所だった。  いわゆるコネ入社である。  前の夫とそのころは前向きに結婚を考えていたので、田舎に帰るつもりはなかったし、新宿の営業所だったら、その頃住んでいた駒澤大学駅からも、そう遠くはなかった。  営業所の入っていたのは、心臓外科で有名な榊原記念病院が以前あった、新宿南口の近くの新宿農協会館の7階だった。  7階建てのビルの最上階であったが、屋上などはなく、東京営業所と、なにやらペット関係の会社の2社が入っているだけのフロアは狭いビルだった。  そこではちょっと怖い思いもした。  私は営業所の中でも営業職ではなく、技術部に配属され、プリント基板に割り付ける図面の書き方を覚え、ようやく一人前に仕事ができるようになった頃だった。  南口の近くと言っても昭和の終わりごろの、文化服装学院方面に道路を一本入った場所だったので、7~8階建てのビルは多かったが、それ以上の高層ビルは近くになく、西新宿の方をむけば高層ビル群が見える場所だった。  私はその日はライトテーブルの上で図面の元になるフィルムの不備の配線を手術などで使うメスで黒い部分をピッピッと削っていた時だった。  私の目の端から人が落ちたように見えた。  私は窓際にいて、ちょっと前を向いた時に自分のいるビルの5つほど向こう側のビルの向かい側の屋上から人が落ちたように見えたのだ。  元々目が悪いのだが、対面で仕事をしていた当時の先輩(高校卒業で入社しているので私より年下だったが)の男子に 「ねぇ、今、人が落ちた。」  と、つぶやいた。 「え?」  その男性社員が昼休みに、私が言ったビルの辺りに行くと、水で何かを流した後が残っていて、もう、それ以外の痕跡はなかったとのことだったが、明らかに人が落ちた様子だったと言っていた。 『わぁ、飛び降りを見てしまった。』  その時は特にパニックにもならずそのまま過ごした。    その日の帰り道。私はすっかりそのことを忘れていて、うっかりその、人が落ちた方の道路を歩いてしまった。  昼頃に『何かを流した痕跡があっただけ』の場所は、流した水が乾いた後に、髪の毛や脂肪のような者がへばりついていて、流れたはずの先のマンホール辺りにはまだ血の色さえうっすら残っていた。  その現場の後始末をした人が本当に、水で流しただけだったのだと思い知らされ、そのうえをうっかり歩いてしまった私は急にパニックに襲われ、新宿南口めがけて、あの広い横断歩道を早く青になってくれと願いながら、大急ぎで家に帰った。  何がそんなに急に怖かったのかは、わからなかったが、何も悪い物がついてきませんようにと願っていたのは今でも覚えているのだ。 【続く】
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