清一色固執思想

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じゃらじゃらじゃら。 店内に響き渡る、忙しない麻雀牌の音。ギャンブルの駒の音といえば個人での賭け事が禁じられているとはいえども、この音を連想してしまう。 世話がない勢いで蔓延る金融資本の流れの音が、五感として響き渡ってくるようだと、それらの博打の駒を掴んできては、捨てを繰り返して僕は思った。 ハピネスフェアネス雀荘店には、三度目の入店である。大学時代に覚えた麻雀を打ちにきた。僕の勤めている「株式会社孔雀の舞」は、金の流れが大きく、僕はそこの会計士としてただそこに存在している。それ故に僕はよく分っている。苦労して就職したこの会社が、如何に、明るいようでしっかり働いているようなフォーマットを施した宣伝文とは相反し、大衆への態度を当たり前に裏切っていることを。そしてまた僕は自覚している。社会のために良い会社に就くという文言と共に、回りに向けていた僕の態度も、これら会社の行いをただの計算物として処理し黙認して、世の中の顔として通用させているものとは大きな乖離があるということを。 そんなストレスからか、僕はここの雀荘店に心を立ち寄らせている。学生時代はただの遊戯として、牌が自然に巡っては展開される無数の手牌の流れに魅せられていたのに、最近の麻雀に対する姿勢は、現金のやりとりこそないが、点棒状況で容易に現実的な無意味な金の流れのイメージをしてのっけては、重ねている。なんだか、そう考えてしまう。 今はオーラス。初対面のメンツではあったが大分、打者同士の個人的な話が煮詰まってきていた。 対面に座る、やたらと荷物の多いじいさんが山牌に手を伸ばし話す。 「実は俺、世界一周の旅行が好きでヨ。その土地の真っ白な地図を印刷してな、出発地点から中間地点と、東西南北までなにがあんのかとか、どう感じたのかとか、自分なりの地図を作るのが好きなんだヨ。こないだなんてねぇ……」 僕は話をのばされると嫌なので、なにも答えない。僕は良い会社に入って人のために役立つことがしたいだけの男だった。このじいさんのただの自分のための興味の話など、僕にとっては。 下家の30代後半くらいのやたらと体格の良いタバコ臭い女が続けて相槌を打つ。 「へっぇー。地図がなんちゃらは興味ないけど、アタシは日本だけならバイクでよくツーリングには行くかな。車が好きでさ、車の面倒見るのが好きなのよ。後はバイクっていったら公営博打の二輪競技だよね、やっぱ。あのスピード感、疾走感、見てるだけでもいいのよねー。」 うそつけ。お前、金の動きとと選手が転びかかったときの動きで、実況のトーンの調子を超えて燃えるタイプだろ。優しさの欠片もないような人相がお前の本物の調子を物語っているぜと、僕は、軽やかに感じ取った。 続けて上家の、和装で身を包むやたら貫禄高そうなじいさん。 「……私は、昔、車に轢かれて事故に遭ってな。運転手の若い女はそのあと電信柱に突っ込んだ勢いで死んだのだがな。私は後遺症が残り、今でも手が動かしづらい。牌に手を伸ばすのもやっとじゃ。だから車という、車輪全般嫌いでな。」 懐に入りにくそうなじいさんなので、ヤクザかなんかの頭主かと思ったら、下家の女が言う。 「えっえー、でもここの店長が、アナタのことどっかの美術館かなんかで個展やってた書道家ってつってたわよ。それじゃあ、字は書けるの?」 「書けんよ。どれ程、昔の話をしている?……しかし、お前さんは安上がりで良く字牌を食いよるわ。面前でアガる隙が無いわい。」 突然、その書道家の荷物の少ない方のじいさんは、白地図の荷物の多いじいさんに噛みつく。 「へっへ。そういうじいさんだって、さっき、鳴きまくりのマンズの一面であがったでしょ。あっ、白ポンね。お姉ちゃんは、ピンズが捨て牌に全然出てないね。日本国旗のイーピンちゃんが辛うじて出ているだけですか?さすが日本止まりのバイカーだねぇ。」 「全然笑えないし、そういうのって妨害行為なんじゃ?くそ白ポンじじい。つぅか、地球だってイーピンと同じ丸形じゃん。」 ここでハピネスフェアネスの店員が仲裁に入る。 「まあまあ、楽しくみなさん、この場はフェアに平等にやりましょう。」 「……まあ、日本回るのもいいけどね。日本が発端のものを日本で見たりね。竹藪の景色とかさ。」 「……何言ってんの、竹の起源は中国よ。私、昔、そういうとこ住んでた。小さいころだけどね。近所の結構、歳離れてたお姉ちゃんとよく遊んでた。わりと出会ってすぐ死んじゃったけどね。それこそ車の事故かなんかで。書道のおじさんは生きているだけラッキーね。」 「はぁん。」 店員が来たとき、穏やかな空気を作るのはなんだかここの暗黙の掟になっているようだ。ふと、たまたま思い出した数少なそうな穏やかなエピソードを絞り出してきた感じであるが、さもどうでもよさげであるかのように、二人は言葉を紡いでいた。 そして僕は、彼女のあっさりした事故の話の語り方に驚く。やはり、軽やかに感じ取った僕の彼女への印象は当っているのではないかと思う。その態度が先天的か、或いはそういった競技に対する見慣れから生じたうえでの、後になって過去を振り返った感想なのかは分からないが。 「あぁ、ロンです。」 僕は必要な言葉をあげる。 「はぁ~、私の大負けじゃな。手が伸びない分のハンデでもほしいもんじゃな。いくらかね?」 「面前、ソーズの清一色。ドラ3。なので、計算は……。」 「……大穴狙ったねぇー。」 皮肉交じりにしぶしぶ点棒を出しておじさんは言った。この計算でおじさんの点数は二番手から最下位に落ち、僕はトップになった。僕のだった。オーラスだったので、この場はお開きとなった。そして完敗したおじさんは、黒光りの高級車とスーツに身を包んだ男の送迎で帰って行った。お前、本業ヤクザの副業書道家だろうと思った。女性はバイクは修理に出しているとかで徒歩で帰宅。白地図のおじさんはここの雀荘に留まり、まだ打っていくようだった。 僕は、勝利の気分のままで帰宅したかったので、更にゲームはせずに雀荘を出た。雀荘への会計時、ふと鞄の中の「公営人間博打二輪競技場新会場における竹林伐採計画」の書類に目が行き、息をついた。きっと卓上での点棒はヤクザのじいさんから僕に来ても、ここの金融世界という名の卓上での金の流れは反対なのだろうと。計算が得意だといらぬ情報まで知ることになるから厄介なものである。 僕はこの大きな矛盾だらけの金融システムから成り立つ小さな世界で生きているうちは、きっと自分の人生にのびしろなんてないのだろうとただ速やかに悟った。牌の流れが止められないように、僕のこの人生観もきっと変わらない。それとも、昔打ってた麻雀の如く、自然の流れに人生、魅せられることがあるのだろうか。なんてまた狭い世界で人生を喩えている。固執した思想の中にいる僕は、大きな抜け穴を見いだすことができずにいる。日の落ちる薄暗い帰り道に僕の黒い影だけが静かにくたびれているようだ。 〈了〉
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