それから

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それから

 それから。  瑠花との再会のあと何も無かったわけではなくて、いろいろとあった。  僕は高校を不登校するようになり退学した。当然大学も無理だが就職することも出来ず、引きこもって絶望はしていたけれど時々これじゃあ駄目だと奮起してアルバイトもしたことはある。でも人と会うのは苦しくて続かなかった。  成人式は出席しなかった。  誰にも会いたくなかった。  ある時、殺したおじさんの弟が電話をかけてきて外で会った。  おじさんの弟はこう言った。 「あの日アニキは嬉しそうだった。鼻唄まで歌って出掛けて行った。俺はアニキはあの女の子にあの日誘われたんだと思っている。あんな賑やかなスーパーとかの場所には普段は絶対に行かないからな。それに襲うのも不思議で。何か怒るような挑発的なことを言われたんじゃないかと思ってる。女の子の力で大柄なアニキを抱えて落とすことは出来ないかもしれないけど、おまえが手伝えばできるんじゃないか?」  そんなことを興奮することもなく静かにたんたんと話していた。  僕ははっきりと否定したけれど信じてはいない様子だった。 「今の話しは警察にもしているんですか?」  僕がそう尋ねると、 「俺は精神病で妄想癖があるとかの診断もあるから誰も信じてくれねぇんだ、親だって信じなかったんだ俺の言うことは。今さら警察にも何も言う気はない。でも、真相だけは知りたいと思っている」  そう言った。そして、 「それより、あの女の子が今はどこに住んでいるのか知っているか?、お願いだから教えて欲しい」  そう言って頭を下げられた。  僕は分からないとシラを切り通した。かなり不満そうだったけど最後はあきらめて帰った。  僕はその年の年賀状に弟に気をつけるようにと書いた。そして、君はひどいピーナッツアレルギーだったけど治った?って書いておいた。  弟が精神科に入院していることを警察から聞いたときに、ちょうど入院先で同じ病棟の患者のお見舞いに来た方から貰って食べた饅頭にピーナッツが入っていて死にかけたことを聞いていたから。  なんとなく、何かの助けになるかもしれないと書いておいた。    そして、それから2年後にその弟がバイクで旅行中に事故で死んだと聞いた。  僕は何があったのかは知らない。  だけど、事故は瑠花の住んでいる街の近くだった。  それ以上は考えないようにした。  瑠花とはずっと年賀状のやり取りだけはした。  瑠花は大学を卒業して就職して、婿養子に来てもらうという形で結婚もして、子供も生まれ、孫までできていた。    いつも幸せな報告をくれていた。  それが、僕の救いだった。  あんなことをした救いだった。  それが無かったら、とっくに警察に行ってすべてを告白するか自殺していただろう。  何年たっても、何十年たっても、あのおじさんの足を持ち上げた感触とか重さがよみがえり、夢にも何度も出てきていた。  そして、時はどんどん過ぎていって、僕の両親も亡くなり、ひとりぼっちになった。生活費にも困る日々だったが不動産を親戚が買ってくれてなんとかお金もギリギリ続いた。年金も貰うようになり、お金の切れ目が死に時と思っていたが、生き延びてしまった。  生き延びて、生き延びて、世間にも迷惑をかけて、罪も償うこともなく、生き延びてしまった。    今夜もまた泣いている。  泣いてお酒を飲んでいる。
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