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放課後のグラウンド
部室でユニフォームに着替えて、サッカー場に出た。今日はメンバーの選抜テストがある。ここでベストパフォーマンスを見せれば、県大会のレギュラーになれるのだ。ウチの高校はベスト4が最高位で、俺が入学してからは2回戦で敗戦がいちばんいい成績だ。このまま低迷しているわけにはいかないと、部員たちは口々に言っている。
「先輩!今日のテスト、ヤバいらしいっスよ!」
2年生の古瀬啓陽が走ってきた。
「ヤバいって、どうヤバいんだよ」
俺は1年生の頃からメンバーに選抜されてきた。2年生だった去年の春季大会からは、ずっとスタメンに起用されている。今回も選ばれる自信はある。
「マネージャーの話だと、『ノビシロ』重視でイクらしいっスよ」
『ノビシロ』?どういうことだろうか。今後のチーム作りのために、1年生を積極的に起用するってことだろうか。
部員がほぼ全員ゴール前に出てきて、準備運動をしだした。俺もストレッチをして、柔軟性をアピールした。ここから、もう選抜は始まっているんだ。これまでの経験で、よくわかっている。監督とコーチとマネージャーは、どこかで俺たちを見ている。俺は『ノビシロ』という言葉を頭の中で繰り返しながら、体を伸ばしたり曲げたりしていた。
30分ほど準備運動をしたところで、コーチと二人のマネージャーが姿を見せた。
「じゃあ、今からテストを行う。全員、一列に並んで!」
部員はゴールを背にして一列に並んだ。足元には、俺たちの影も並んでいる。なんだか、影の軍団との試合開始前みたいだと思った。
「今日は最新の身体運動学研究で考案されたテストを行う。現時点の基礎データをとるので、みんな、頭だけ左を向いて、腕は袖を肩までまくって腰に、足を肩幅に開いて立っていてくれ」
コーチが言うと、部員はそれぞれに足の位置を調整し、指示通りのポーズをとった。コーチはメジャーを伸ばして、一番近くにいた部員の足元にしゃがんだ。メジャーの先端を部員のつま先に合わせて、地面に這わせていった。一人のマネージャーがどこかのポイントの数値を読み上げ、もう一人のマネージャーがタブレットに入力していた。
俺はわかった。これは「シャドー・ポテンシャル・テスト」だ!今年の科学雑誌に掲載された身体運動に関する研究論文で提案されたテストだ。身体能力のポテンシャル…つまり『ノビシロ』を、「フィジカル」「マインド」「ストラテジー」にわけて計測する方法である。どのように計測するかまでは知らなかったが、影が関係しているのは知っていた。きっと、タブレットには計測ソフトが入っているのだろう。
「先輩、あれ、何してるんっスかねぇ?」
「テスト前のデータとってるんだ。テストの後のデータと比較して、はんだんするためだろ」
「へぇ~、最新のテストなんっスねぇ」
古瀬はわかった風な口をきいたが、内容は知らないようだった。データ採取が俺の近くまで来た時、どこを測っているのかがわかった。影の「脚の長さ」「腰に置いた腕が描く三角の体側の辺」「顎から頭の頂点まで」を測り、マネージャーたちが名前を確認しながら数値を入力していた。
となりの古瀬の番になった。コーチが古瀬を見上げていった。
「古瀬啓陽」
「はい!」
「古瀬啓陽くん、73、35、28」
「古瀬啓陽くん、73、35、28…OK」
そして、俺も計測された。俺は77、34、30だった。古瀬より脚は長く、胴は短い。フィジカルはいいほうじゃないだろうか。部員全員の計測が終わり、計測結果に基づいてチーム分けが行われた。古瀬と俺は同じチームになり、白いビブスを渡された。
「これから、前後半それぞれ15分の紅白戦を行う。試合開始は10分後、それぞれのチームで戦略を考え、ポジションを決めるように」
部員は二手に分かれ、それぞれゴール前でミーティングをした。その時、グラウンドに監督が姿を見せた。コーチが監督に何か報告している。監督は、一つ一つに頷いて、データを見ていた。
試合が始まった。俺はボールを求めて走り回った。ミーティングで決めた作戦を組み立てるべく、1年生たちにも指示を出した。古瀬をはじめ、2年生たちは指示を待つまでもなくフォーメーションをキープしていた。
ある1年生がボールを奪って、古瀬にパスした。古瀬はしばらくドリブルしていた。その間に、俺はゴール前に走りこんでいった。古瀬が蹴りだしたボールを俺は胸でキャッチした。俺がシュートを決めようとしたとき、相手チームの2年生がスライディングしてきて、ボールをはじき返した。
「ヤラれた!」
俺が叫んだとたん、俺の影の脚が短くなった。逆に、ボールをはじいた2年生の脚の影は、ぐんぐん伸びている。
そういうことか。「シャドー・ポテンシャル・テスト」は…。そう思って、周りの影を見てみた。古瀬の脚の影は、明らかにさっきより伸びている。ボールを奪った1年生の影は、全体的に伸びていた。そんなことを考えていると、俺の影の胴が短くなった。なんでだ?!
その後は、ボールに触れることなく前半戦が終わってしまった。後半戦は、前半戦に出ていなかったメンバーと入れ替わるが、俺はそのまま出続けた。古瀬もだった。古瀬に声をかけるついでに、そっと影を比べてみた。古瀬の影は脚も胴も頭も伸びて、俺の影を越していた。
後半戦、俺は何をしていたんだろうか。ただ、ただ、部員たちの影ばかり気にして、俺のパフォーマンスなんて、何一つ繰り出せなかった。そればかりか、俺の影がどんどん短くなっていくのだ。なんと恐ろしいテストなんだ!
試合が終わった。部員は、また一列に並んでデータをとられた。
「先輩、なんか、顔色悪いっスよ!大丈夫ですか?」
古瀬が話しかけてきた。俺は、何でもないような顔をして言った。
「あんま、いいパフォーマンスじゃなかったけど、まぁ大丈夫かなぁ」
「そうっスね、いつもの先輩じゃなかったっスもんね」
データ解析が済んだようで、監督を先頭に、コーチとマネージャーたちが、こちらに歩み寄ってきた。
「では、県大会のメンバーを発表する。今回は『ノビシロ』を重視して選抜するから、これまでレギュラーだった者は、外れることも覚悟しておくように」
「キタッ!」
俺は心の中で叫んだ。まずは、前半戦と後半戦で入替えメンバーだった部員から発表があった。俺は、ひとまず心を落ち着けて聞いていた。
1年生から6人がメンバー入りした。これまでで最多の人数だ。2年生は初メンバー入り4人を含めて10人が選ばれた。古瀬も入った。ベンチ入り枠はあと4人…
今回メンバー入りした1年生が、近づいてきた。
「古瀬先輩、あのぉー」
「なに?」
「あそこにいる3年の先輩、さっきからずっとゴールポストに向かってしゃべってるんですけど、なんっスかぁ?」
「あー、また世界に入っちゃっててサ…『シャドー』がなんとかかんとか言って」
「はぁ~?」
「今は、あんまり近づかないほうがいいぜ。あーなっちゃうと、周り見えてないからサ」
「そうなんですか、なんか大変な先輩なんですね…」
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