優しい恋に気付いたら

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優しい恋に気付いたら

(え、なんで?! なんでなんでなんで?!)  私は内心かなり焦っている。  何度も何度も確認した。よく間違われると有名だったから。  それなのに今、目の前にいるのは手紙を送った相手佐々(もと)くんではなく佐々()くんだ。  そして一番驚いているのはその佐々くんが私に告白してきたということ。 「早川さん手紙ありがとう、俺と付き合おうよ」  佐々木くんが屋上に来てはじめに言った言葉。  普通、呼び出した方が告白しない!?  呼び出された方から告白するなんて聞いてないよ!  それに手紙といっても大層なものは書いてない。今日、放課後屋上に来て下さいと書いただけ。  そもそも人違いだし!!  三組の佐々くんと佐々くん  並んだ靴箱はラブレターを入れ間違える子がよくいる。  だから私は何度も確認したし、ちゃんと『佐々本くんへ』と書いていた。  いや、書いたつもりだ。もしかして名前も書き間違えた?!木に一を書き忘れた?!  そんなことをぐるぐる考えているが、今目の前に佐々木くんが居ることが結果だ。  とりあえず私は間違えたことを謝ってお断りを入れようと、驚きすぎてずっと出なかった声を絞り出す。 「佐々木くんごめん、私」 「いやー嬉しいな! 早川さんから呼び出されるなんて」  佐々木くんは私の言葉を遮り満面の笑みで私の手を取る。 「じゃあ一緒に帰ろっか」  そう言って私の手を引いて歩いて行く。 「え? ええ……」  佐々木くんはちょっと強引なところがある。  誰にでもフランクなところは彼の長所かもしれないが、私は少し苦手だと感じている。  佐々木くんが屋上に現れたときからもうパニックになっていたのと佐々木くんの強引な手に私はどうにも出来ずそのまま一緒に帰ることになってしまった。  佐々木くんとは一年生の時から美化委員が一緒だ。  私が手紙を贈った、はずの佐々本くんとも去年、一年生の時に美化委員で一緒だった。  佐々本くんと佐々木くん。似た名前だが、その人物は全く逆と言っていいほど対照的な二人。  明るくて活発的、誰とでも仲良くなる佐々木くん。  落ち着いていて優しい、周りをよく見ている佐々本くん。  去年の夏休み、私は美化委員の当番で花壇の手入れをしていた。他の委員の人たちも中庭の掃除や夏休み中に出たゴミの収集などそれぞれ仕事をしている。  私は校舎裏にある花壇の草抜きを一人でしていたが、真夏の炎天下にやられたのかだんだん頭が痛くなってくる。  水分補給でもしてちょっと休憩しようかなと立ち上がった時、視界が大きく揺れた。 「早川さんっ」 「佐々、本くん……」 「大丈夫?」 「うん。ごめん、ありがとう」  タイミングよく近くにいて抱き止めてくれた佐々本くんはそのまま手をひいて保健室のところまで私を連れて行く。  同じ委員だけど話したことは今までない。 「先生いないな。休みかな。とりあえず何か飲んだ方がいいよね。横になってて」  そう言ってベッドに座らせてくれると佐々本くんは保健室を出て行った。  私はベッドに腰掛けたままの体勢で体を横に倒す。  頭は変わらず痛い。倦怠感もあって意識はあるのにボーッとする。  少しすると佐々本くんが戻ってきた。  目の前にペットボトルを差し出されているのはわかるがそれを眺めるだけで体が動かない。  佐々本くんは私の体を抱えるように起こすとペットボトルの蓋を開け口にゆっくり流し入れてくれる。少し甘い。スポーツドリンクだ。  ゴクンと喉が水分を受け入れたのを感じる。それを何度も繰り返してくれた。  そして横になった私は頭を優しく撫でてくれるのを感じながら眠った。    ふと目が覚めると保健室のベッドに寝ていた。  頭痛も治まり意識もはっきりしている。  意識が朦朧とする中、なんとなく佐々本くんに水を飲ませてもらったことを思い出し恥ずかしくなった。  それから佐々本くんのことが気になるようになった。いや、もう好きだった。  だからそれからは委員会の時に積極的に話し掛けたりもした。  あの時のお礼にとペットボトルのスポーツドリンクを渡したらあまり好きではなかったらしく後で佐々木くんにあげていたのを見てしまったりもしたが。  佐々本くんと佐々木くんは中学から同じらしく仲が良い。  二年になって同じクラスになってからは席が前後なこともありよく一緒に話している。  という様子を二人とは違うクラスの私はいつも廊下から覗いていた。  そして美化委員ではなくなった佐々本くんとは接点がなくなり、私は意を決して告白をすることにしたのだが。  屋上に来たのは佐々本くんではなく佐々木くんだった。 「早川さん、この後時間ある? クレープでも食べに行かない?」 「え? いや私今日お使いを頼まれててスーパーに行く予定で」 「そうなんだ! 俺もスーパー行こうと思ってたんだよね」  佐々木くんは私の手を繋いだまま学校を出てスーパーの方へ歩いて行く。  私は徒歩通学で家までの帰り道にスーパーがある。だが、確か佐々木くんは電車通学だったはず。 「佐々木くん、駅逆方向じゃない?」 「うん。でも今日はスーパーに行きたいから」 「そっか。あのさ、手離してくれない?」 「え、だめ?」 「うん。さすがに」 「残念」  佐々木くんはとぼけたように言いながらもあっさり離してくれた。   学校からスーパーは近いため直ぐに着いた。佐々木くんは自然にかごを持ち私が手に取った物を入れてくれる。  キャベツ、大根、牛乳、味噌。頼まれていたのはその四つだけだったがどれも重い。  お会計を済ませ、マイバッグに詰めるとそれを佐々木くんがさっと持ち歩いて行く。 「佐々木くん?」 「これ重いし、家まで運ぶよ」 「でも悪いよ」 「大丈夫。俺、重いもの持つの好きなんだよね」 「ふっ、何それ」  思わず笑ってしまった私に佐々木くんが嬉しそうに笑うからもう何も言わず素直に持ってもらうことにした。  ちなみに佐々木くんはガムを一つ買っただけだった。  次の日、学校へ行くとなぜか周りがざわついている。  どうしたのだろうと思いながら教室へ向かっていると三組の教室の前で佐々木くんに呼び止めたれた。 「早川さん、今日も一緒に帰ろうね!」 「え?」  可愛く微笑む佐々木くんの後ろでは女の子たちがざわざわし、中には涙目になっている子もいる。 (昨日、手繋いで帰ってたらしいよ) (あの二人付き合ってるの?!)  どこからかそんな声が聞こえてくる。  これは、勘違いされている。佐々木くんは非常にモテる。その甘いルックスと人懐っこい性格で誰からも好かれていた。 「あ、佐々本おはよう」  佐々木くんが私の後ろに視線を向ける。すぐ後ろには教室に入ろうとする佐々本くんがいた。 「おはよう佐々木。早川さんもおはよう」  なんでもない挨拶にドキドキしながらも今は周りの誤解をどうにかしなければと佐々木くんに顔を向ける。 「あのさ佐々木くん、」 「そう言えば、二人付き合うことになったんでしょ? おめでとう。良かったね佐々木」  佐々本くんはそう言って教室の中へ入って行った。    終わった。私の儚い恋が。別に付き合いたいと思っていたわけではない。このまま接点ももてず終わっていくなら気持ちだけでも伝えようと思っていたのに。それすら出来ずに終わった。  佐々本くんは私のことを何とも思っていないとその言葉でひしひしと感じた。 「佐々木くん、一緒には帰れないから」  もうどうでもよくなってきた私は佐々木くんにそれだけ言うと自分の教室へと入って行った。  放課後、誰もいなくなった教室で私はまだ立ち上がれずにいた。  その日一日トイレに行く以外殆ど教室から出なかった。いつもは移動教室がない日でも無駄に廊下を歩いたりして三組の教室を覗いていたりしたのに。    グラウンドから聞こえる運動部の掛け声、色々な場所からバラバラに聞こえてくる吹奏楽部の楽器の音、聞こえてくるもの全てが私を置いてきぼりにしているような気がする。  私の気持ちを、恋心をどこかに置いてきてしまったようだった。  机に突っ伏し目を閉じる。不思議と涙は出てこない。  どれくらいそうしていたかはわからない。  気が付くと頭を撫でられていた。 (っ!!) 「あ、起きた」 「佐々木くん……」    頭を撫でていたのは私の前の席に座った佐々木くんだった。  突っ伏したまま眠ってしまっていた私は今一番文句を言いたい人物を前にしても頭が回らず言葉が出てこない。 「早川さん、俺ちゃんとみんなには付き合ってないって言ったから。でも、もう一度ちゃんと言わせて」 「え?」 「好きです。俺と付き合って下さい」  『好き』昨日は言われなかった言葉に、初めて言われるその言葉に心が揺らいだが、私の返事は決まっている。私も昨日は言えなかった言葉。 「ごめんなさい。好きな人がいます」 「うん、そうだよね。わかった」  佐々木くんは立ち上がると「ごめん」そう呟いて教室を出て行った。  たぶん、佐々木くんは私が佐々本くんのことが好きなことを気付いているのだろう。靴箱の手紙が佐々木くん宛でないのなら佐々本くんに宛たものだとわかったはずだ。  本当に間違えて手紙を送ったのなら私は佐々木くんにすごく申し訳ないことをしてしまった。佐々木くんはあんなに真剣に気持ちを伝えてくれたのだから。  それからしばらくして私は美化委員の仕事で花壇の手入れをしていた。  夏休み前の暑い時期だ。去年の二の舞にならないように少し作業をした後水分補給をしようと立ち上がり振り返ると佐々本くんがいる。 「早川さん、これあげる」  差し出してきたのはスポーツドリンクだった。 「いいの?」 「うん、こまめに休憩しなよ。また倒れたら困るしね」 「ありがとう。前もこれくれたよね」 「スポドリ? 俺はあげてないよ」 「え? でも保健室で……」 「保健室で寝てた早川さんにこれを飲ませたのは佐々木だよ」 「え……」  うそ。うそうそうそうそ。だって佐々本くんが保健室に連れて行ってくれて水分とったほうがいいねって言って……戻ってきたのは佐々くん?  頭が追い付かない。屋上に佐々本くんではなく佐々木くんが来た時より内心パニックだ。  私は一年近く勘違いしていたのか。あんなに介抱してくれた佐々木くんにお礼の一言も言わず、ずっと佐々本くんだと思っていたのか。  もちろん保健室に連れて行ってくれたのは佐々本くんだけど。 「ちなみにこれも佐々木からだよ」 「そうなの?」 「そう。俺が行くと迷惑になるかもしれないからって。言うなって言われてたけど」 「そんな、別に迷惑だなんて」  佐々木くんとはあれから一度も顔を合わせていない。  委員会の時、いつも話しかけてくる佐々木くんが全く私を見ないことに少し寂しく感じていた。それは自分のせいだしそんな都合のいいこと考えてはいけないと思っていた。  でも、それでも佐々木くんはそんな私のことを気にかけてくれていたんだ。 「後さ、言おうかどうしようか迷ってたんだけど」  そう言いながら佐々本くんは少しシワになった紙をポケットから取り出す。それは私が佐々本くんに出したと思っていた手紙だった。佐々木くんに間違えて出したのではなかったのだろうか。 「それって……」 「ごめん、これが靴箱に入ってるのを見つけたんだけど隣にいた佐々木に行くつもりはないって言ったんだ。そしたらあいつ、俺が行くって。早川さんならきっと来るまでずっと待つだろうからって」  私は手紙を出し間違えていたわけじゃなかった。佐々木くんは私が佐々本くんに告白することをわかって、わかった上であの日屋上に来てたんだ。 「あいつ、一年の時からずっと早川さんのことが好きだったよ。俺もそれを知ってたから屋上には行くつもりなかったし、次の日二人が付き合い始めたって聞いて良かったなって思ったんだけど、今の佐々木を見てたら早川さんにちゃんと本当のこと言っておかないとなって。手紙のことは俺が悪いよ。ごめんね」 「ううん。佐々本くんは悪くないよ。誰も、悪くない」  私は受け取ったペットボトルを握り締める。 「佐々本くん、佐々木くんは今どこにいるの?」 「あいつは中庭の掃除があるって言ってたけど」 「私、ちょっと行ってくる」  私はペットボトルを抱え中庭に走った。  本当の話を聞いたからといって佐々木くんを好きになったとかではない。私はずっと佐々本くんが好きだったし、あのことがあったから好きだったわけではない。佐々本くんの優しいところ、よく気が付くところ、友達思いなところが好きだった。  でも、今は佐々木くんとちゃんと話をしたいと思う。  あの時の感謝も伝えないといけない。 「佐々木くんっ」  中庭で草抜きをしていた佐々木くんは私を見て驚いた顔をした。 「早川さん?!」 「これ、ありがとう! それから一年前の保健室でも」 「佐々本から、聞いたの?」 「うん。私、ずっと気が付かなくてごめんなさい」  一年越しのお礼と謝罪になってしまった。あの時のことは感謝してもしきれないのに。 「別にいいんだ。たぶん、あの時のことが俺だとわかってても早川さんは佐々本を好きになってたと思うよ」 「確かに、そうなのかもしれない。でも、私は勘違いしたままはいやだよ。もっとちゃんと佐々木くんのことも知りたいし仲良くなりたいと思った。ダメかな?」 「ダメなんかじゃないよ。嬉しい」  佐々木くんは本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。  私が佐々本くんを好きだったのは勘違いではない。  それはきっと一つの過去の恋として私の中に残るだろう。  そして新しい気持ちが芽生える予感がするのもきっと勘違いではないはずだ。
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