016 - 病院での2人

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 佐藤は数年前から、そんな予感がしていた。  特に、汐見が紗妃と結婚してからは。  誰といても誰を抱いても汐見の顔がチラついて行為どころかデートにすら集中できない。  汐見と出会ってからの佐藤は黒髪のベリーショートで気の強そうな顔をしてる女性ばかりに声をかけて付き合っていた。  ほぼ全員が仕事大好き人間だったが、女の勘は鋭い。  自分の後ろに誰かを見ていることを気づかれて別れを告げられるパターンが常態化していた。  女性でダメなら男で、と思ったが男の体を見ても興奮はしない。男が好きなわけじゃないからだ。かと言って、自分が男に抱かれる想像をすると身震いする。  そして、やっと気づいたのだ。 (なんだ……俺が抱きたいのって汐見限定なのか……)  そう思うと、もうダメだった。  汐見の代わりに抱いていた女性ですら()せてしまい、どうにもならない。  妄想の中の汐見を抱く方が数倍、心も体も落ち着いた。  そこからは物理的にも無理になり、誘われてそういう事態に陥ってもモノの役に立たない。  それどころかその気にすらなれず、ホテル前で断ることも度々になり、自然とそういう事から遠のいてしまった。 「……EDってやつ? 別にいいんだ。困ってはいないし」 「や、でも……す、すまん……そんな事聞いて……」 「謝るなって。俺も……その、なんだ。……落ち着いたら、話すわ……」 「……あぁ、わかった」  そう言うと考え込んでしまった汐見を横目に、立ち上がった佐藤が汐見の代わりに配膳を下げに行った。  夕食が7時には終わってしまったので9時の消灯までの2時間はテレビでも見ながら、と思って佐藤がTVを点けようとすると汐見から 「いや、いいよ。会社でも会うことなかったしな……最近、どうなんだ?」  と言われたため、佐藤は大学の同期と会った時の話をしようかと思ったが (今日はやめとこう。せめて退院してからの方がいいよな)  思い直し、直近の業務内容を話すことにした。 「自販機前で会った時さ、お前も相当疲れてたけど、俺もでかい仕事が終わったばかりだった。お前は?」 「開発部の話か?」 「そうそう」  問われた汐見は死屍累々(ししるいるい)の山を思い出して苦笑いする。 「っあ~……思い出したく無い……」 (あれはここ1年で一番多い(しかばね)の数だったな……) 「また炎上系か?」 「……オレはいつになったら火消し役から免除されるんだろうな」 「お前が現場を退(しりぞ)いたら、だろ?」  軽口を叩きながらも、汐見はそこまで嫌そうにはしていない。それがわかるからこうやって気軽に聴けるのだ。  営業としても現場の人間がどういう状況なのかを知っておくことは重要だ。特に営業と開発がツーカーで社内でのやりとりが上手く行っているとトラブルが発生しにくいため、クライアントからの受けも良くなるためだ。  佐藤が聞いただけでもかなりストレスフルな状況だったらしい。 「お疲れ……で、終わったのか?」 「一応、話を持ってきた営業が万一の為に法務と連携して事前契約書交わしてたから助かった。修繕範囲を限定してたから、納品後に問題あったとしても多分揉めずに対応できるはずだ」 「うちの法務すごいもんな」 「だな。本当に感謝してる」  とりあえず、汐見が抱えていた案件は無事終わったらしい。でなければ、仕事でも火の車、プライベートでは脇腹に爆弾、と満身創痍(まんしんそうい)で心身共に破壊されていたかもしれない。 「で? お前のとこは?」 「っあ~。俺のとこはなー……お役所仕事だった」  佐藤は佐藤で2ヶ月書類作成につきっきりだった別件のせいもあり、この週末に久しぶりに汐見夫妻を誘ってどこかに出かけるか、と思っていた矢先だった。 「お役所仕事?」 「入札関係でさ。死ぬかと思ったわ。積算とかやったことないっつーの! って思いながらこの2ヶ月、ぶっとい建築専門書と首っ引きだったよ」 「……こういうとき、なんでもやる会社は死ぬよな」 「だよな……」  2人して、【総合商社】という看板を背負った自社の職責を呪い、溜め息を吐き出した。
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