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「この上司はいわゆるいいとこのボンボンで、現女社長の婿養子でさ。お家同士の結婚て話」
ぐびっ とビールジョッキを空にした坂田は勢いよく話し始めた。
「4年前に春風との不倫が発覚したみたいなんだけど、この時は社長である奥さんもそこまで相手にしなかったみたいなんだ」
「……ありがちな話だな……」
金持ちが好きでもない相手と家同士で結婚する。まぁ当然、夫婦共に別のパートナーがいることもよくある話だ。
「ああ、でも今回はガチでヤバい。この上司、旧姓で三浦っつうんだけど、その実家の会社が傾きかけててさ。数ヶ月前にうちの社が資金投入開始して来月一番でかい追加融資をするって話だったんだけど……」
「旦那の不倫が続行してることがバレて、頓挫?」
俺の推察を聞いた坂田がパチンと指を弾いた。こんなときに変にかっこつけんな。
「そう! 奥さんの社長はさ、鉄の女って呼ばれて米国の企業でGM(※)の仕事もしたことあるバリキャリなんだ。仕事の支障にならないなら、って旦那の浮気を放っておいたらしいんだけど、さすがに今回は……」
「……自社の資金を投入させておきながら同じ女性と一度ならず二度までも裏切って…………ってことか……」
それは無理もない話だ。当然だろう。一度目の不倫は許しても同じ女と二度目の不倫だ。
春風紗妃と別れさせたということは、実際には二度目どころじゃないかもしれない。ヘタをすると、その上司って男は妻である女社長と結婚する前から春風と繋がっていた可能性も……特に、昨年退職した後──
(だとすると、汐見との結婚はカモフラージュなんじゃないのか……水面下でずっと逢瀬を重ねていたんじゃないだろうか…… !! そうか! だから『あの時』!)
俺の中の冷酷な【オレ】が呟いていた。
「……鉄の女の逆鱗に触れたんだ。今回ばかりはタダでは済まないだろう、って話でさ。証拠はかなり掴んでるらしいし、凄腕の離婚専門弁護士も雇ってるって噂。慰謝料がとんでもない額になるんじゃないかって話で……」
居酒屋で話すような話ではないが、でもそうでもしなければ旧知の友人の同僚を救うことはできないと思って、坂田は急いで連絡をくれたんだろう。
冷静さを取り戻しつつある俺は、一応確認した。
「なぁ、春風のイソスタのアカウント、教えてくれ。あと、この件は誰にも話すなよ。俺は同僚を助ける」
「わかってるよ。俺だって珍しくお前にできた仲の良い同僚をどうにかしたくて連絡したんだからな」
「ありがたい。感謝する。今日は俺に奢らせてくれ」
「お、ありがとな! でも今回じゃなくて次にしようぜ!」
奢ってくれるとわかった瞬間、今まで悲愴だった表情が一気に明るくなる。そういう現金なところは変わってない、と安心した。
「せっかく奢りなら、休日前にしこたま飲みたいからな!」
「このやろう……」
奢りとわかったらとことん飲む気満々の坂田に一瞬、こいつ、と思ったが、でもそれ以上に俺にとって有意義な情報だったから
(まぁ、これだけの情報料としては安いくらいか……)
了承し、後日【しこたま飲む休日前の約束】をその場でスケジューリングした。
※GM:General manager=ゼネラルマネージャー。経営や経営企画に関して決定権を持つ(主に欧米の)管理職のこと。
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