005 - 汐見との出会い

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『おい、佐藤!お前、今月も2位だったんだってな?』  酔っ払った先輩が俺にいちゃもんをつけに千鳥足でやってきた。その人は俺の営業成績が1位だったり2位だったりするととにかく逐一嫌がらせをしにくる人だった。  俺の1年前に入社したその先輩は汐見の1つ上で、いつものいちゃもんだ。他の人に迷惑になるから、と俺がスルーを決めこもうとした時。 『おい! 無視すんな佐藤! お前、オレのこと馬鹿にしてんだろう!』  忘年会を無礼講の場と勘違いしている輩はたくさんいるが、この先輩はその最たる者だった。  俺は少しため息を吐きながら『すみません、お手洗いに』と隣席の汐見に小声で言って席を立とうとした瞬間    バシャッ! と音がした。  後ろを振り返ると……  汐見が頭から水……いや、その先輩が持っていた日本酒をそのまま丸かぶりしていた。 『お、おい……おま……』  日本酒をかけた先輩の方が驚いていた。それは俺がかぶるはずの酒だったのに。  その先輩は俺が日本酒で悪酔いすることを知っていた。知っていて、飲んでいる日本酒を丸ごと俺にぶっかけようとした。  その悪意ある意図に気づいた汐見は、俺が立ち上がってその先輩から目を離した瞬間、身を挺してその酒をかぶったのだと、シラフのまま一部始終を目撃していた同じテーブルに座る女子が言っていた。 『……先輩……酒は飲むものであって、かけるものじゃないですよ。地蔵じゃあるまいし』 『お、俺は、お前じゃなくて佐藤に……』 『佐藤さんだって、地蔵じゃないでしょう。いくら酔ってるからってちょっとやりすぎじゃないですか?』  日本酒をかぶってなお冷静さを失わない汐見の態度と表情と口調に、さすがの傍若無人な先輩も目が覚めたらしい。様子を見守っていた同じ課の先輩女性にたしなめられ、すごすごとその場を退場してくれた。  残された俺と汐見は目を合わせて、思わずひとしきり笑ってしまった。 『すみません。僕が立ち上がらなければ、汐見さんにかかることはなかったのに』 『それはいいよ。でも流石にこのままでは風邪を引くな。社に着替えがあるから一度戻るよ。着替えたらそのまま僕は帰る、って部長に連絡しておいてくれるか?』 『え、じゃあ僕も行きます』 『いやいや、社内一のモテ男を僕なんかがお持ち帰りしたと知れたら、年明けから女性陣に総スカンをくらう』 『そんなことないですよ。僕なんて【顔だけ男】って呼ばれてるんで、ここに居たってどうしようもないです』  その1年くらいは社内の女性をお持ち帰りすることも恋人にすることもなかった。  入社当時、3回程、社内の女性に告白されて付き合ってみたが、ことごとくダメになった。曰く、俺の彼女だと知られると、他の女性社員からとにかく匿名性が高くて酷い嫌がらせを受け、精神的なダメージがすごいらしい。  そんな災害に被災した元カノ達は、三人が三人とも、俺と付き合って3ヶ月後には退職し、そのまま自然消滅した。 『汐見さんが濡れたのは僕のせいなので、僕が汐見さんにお供するのは義務です』  思い返すと、この時は俺も相当酔っていたし弱っていたんじゃないかと思うが、お詫びに一緒に社に戻るのはお付き合いします、と提案して汐見と揉めた。  すると、先ほど酔っ払った無礼な先輩を嗜めていた女性社員が戻ってきて笑いながら 『あなたたち【佐藤と汐(見)】って【シュガーアンドソルト】なのね』  ちょっと赤ら顔で朗らかに言い放ったもんだから、その場で聞いていたお調子者の後輩の一人が 『おぉ~~!【Sugar And Salt】名コンビ 誕生の瞬間っすね~!』と(はや)し立てた。  それ以来 【甘いマスクで甘々対応・営業部のシュガーこと佐藤甘冶】と、 【塩顔塩対応・開発部のソルトこと汐見潮】は、部署を超えてコンビとして扱われるようになってしまった。  だがその一件から、最低な嫉妬深い先輩は俺に口出しすることが減り、気づいたら退職していた。  一方、俺はというと、そのコンビ名をいただいたことで、自分のキャラ付けがより明確になり、営業の仕事も部署での人間関係もぐっと円滑に進むようになったのは事実で。 (人間、どういうきっかけで浮上するチャンスを掴むかわからない──)  そう思えるようになったのは確かに汐見潮のおかげだった。
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