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008 - 同期との飲み会・翌日
割と飲んだと思ったのだが、寝る前に水とビタミンCを多めに飲んだのが効果覿面だったらしい。
大学の同期・坂田と飲んだ翌日、週末直前の金曜日。
二日酔いになることもなく、俺はちゃんと定時に出社した。
「おはよ~」
「おはようございます! 佐藤先輩!」
「今日も早いな」
「そりゃまだまだ新人ですから。って、新人てどれくらいの期間までなんすかね?」
「知るか。そんなことより来週からの資料、そろそろ仕上がってくれてないとまずいんだけどな?」
「ああ、はいはい。とりあえずですね~……」
「はい、は一回だ。後で確認する、その前にちと用足してくる」
「あ、はい」
昨日の今日で、汐見と顔を合わせるのは気まずいが、気まずい理由を汐見は知らないわけだからあまり気にすることはないだろう。
そう思った俺は、開発部に顔を出しに行った。
「おぅ、下北沢」
「あっ! 佐藤さん! お久しぶりです!」
久しぶりに顔を出した部署の室内をキョロキョロと見回すも、汐見の姿が見えない。
「……なぁ、汐見は?」
「あ~、なんか、今日は休むって連絡があったみたいですよ」
「? 汐見が?」
珍しい。昨日、休憩室で見た時も少し元気がなさそうだったが、ちょっとくらいの体調不良なら出社して仕事してる間に治るって言う仕事バカなのに──
「はい。まぁ、納期が迫っていたヤツは終わっていたので、問題ないそうですが……何かありました?」
「ん? いや、まぁ……ちょっと、な……」
(あいつ休むって……LIMEで連絡くらい寄越せばいいのに……って紗妃ちゃんいるか……)
ジクリと胸が痛む。
昨日、あんなことがあってその件を──と思っていたから、少々気が重い。
「連絡、とります?」
「あ、いやいいわ。俺、直で連絡してみる。ありがとな」
「はい。あ、近いうちにうちと営業で合同飲みしましょう! ってうちの井塚が言ってたんすけど、どうですか?」
「お前らな……営業の女子目当てだろうが」
「あ、わかりました~?」
へへっと笑う下北沢が眩しい。まだまだ20代真っ盛りだ。
うちの社は若い年代は風通しよく意見交換した方がいい、ということで主任という職位がない。
そのため、新人からチーフ、シニアスタッフとなり、それから係長と上がっていく。『長』の階級になるまで同じ部署内なら『先輩』呼び、他部署なら『さん』呼びを徹底している。そうすることで違う部での職位を知らなくても相手に失礼が無いようにするためだ。
そして、俺と汐見は次期係長と言われており、今期決算が終わればおそらく2人揃って昇進することになるだろう。汐見は係長から一足飛びで課長すら打診されたらしいが、それは断固として拒否する、と言っていた。
出世に興味のない汐見は出世することで現場を離れてしまうのを嫌がっているようだ。
(……北川専務かよ)
「ちなみに、休みの理由とか言ってたか?」
「いや、特に何も聞いてないです」
「そうか」
「はい」
「んじゃ、いいや。あ、合同飲みの件は考えとく。俺んとこの吉田に言っとくから、ちょっとお前らで調整しといてくれ」
「っはい!」
「じゃな」
言って、とりあえず開発部を出た。
早足で自販機のある休憩所に急ぐ。
〈春風〉がいるとはいえ、まれに欠勤する場合、汐見はひとまず俺に連絡をくれる。だが、今日に限って連絡がなかったことが不安を煽った。
(何かあったのか?)
昨日聞いた話もあって、嫌な予感がする。すぐにスマホのLIMEを開いて文字を打った。
『休みって聞いたけど、大丈夫か?』
紗妃ちゃんがいるから大丈夫だとは思うけど、と打とうとして……余計だな、と思い、その部分は削除して送信した。
その後──結局、その日、終業後まで、連絡は来なかった。
それどころか既読もつかない────
(大丈夫かよ……)
不安になりつつも時計を見ながら会社でLIMEを睨みながら待っていると……不意に既読がついた。
(汐見?!)
数秒後に『大丈夫。ちょっと怪我しただけだ』とだけ返信があった。
(怪我? なんで怪我?!)
『どうした? 何があった?』
すぐに既読がつく。だが……数分待って
『後で電話する。夜の9時くらいって大丈夫か?』と返信があり
『大丈夫だ。今日はそのまま帰るから』と俺は返した。
俺に汐見を差し置いて優先する事項なんてこの世に一つもない。
『了解。後で。じゃ』
相変わらずそっけない返信だった。
だが、それが汐見らしいといえば汐見らしい。
とりあえず返信も来たことなので、なんとなくホッとして俺は帰路に着くことにした。
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