011- 悲しき鳥 ー紗妃ー

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 紗妃はフルフルと頭を振って震えている。 (早く紗妃のスマホを確認して男と連絡をとらないと!)  無理矢理取り上げるのは得策ではない。だから、こう言った。 「スマホ、会社に忘れたみたいなんだ。だから、ちょっとだけ紗妃のスマホを貸してくれないか」 「何をするの?」  警戒心を(あら)わにしている。さっきの今だから、当然だ。 「会社に連絡しないといけないだろ」 「何を話すの? このお話?」 「この件は紗妃のプライベートじゃないか。『会社には関係ありませんのでご安心ください』って専務に伝えるだけだよ」 「……ホント?」 「ああ、本当だ。なんだったら、オレが電話を掛けてる間、そこで聞いていればいい」 「……ホント?」 「本当だ。……オレが紗妃のこと、悪く言うわけないだろ?」 「……そう、よね……わかった……」  そう言うと、納得はしてないようだったが、紗妃は渋々スマホを渡してくれた。 「ロックがかかってて電話できないな……」 「……ちょっと、待って……」  オレは、焦れながらも紗妃を急かすことなく待った。  刺激して、また暴れ出すと大変なことになる。  オレは、それとなく天井の四隅に視線を走らせ、それから紗妃に視線を戻した。 「……はい……北川専務よね? 電話番号、覚えてるの?」 「ああ、最近はプライベートでもよく電話するようになったからな」 「……そう……」  紗妃の受け答えがぼんやりしはじめてきた。  借りたスマホで電話するフリをしながら素早くスマホの画面を確認した。  LIMEをタップして開くと、すでに消えてるアカウントが一件。トーク履歴はゼロ。  おそらくやりとりは常に消してたのだろう。それ以外に怪しいアカウントは見当たらない。  【夫】と書かれたアカウントには一応オレのLIMEアカウントのアイコンが表示されている。  電話のアプリをタップして電話番号を確認する。 (名前を登録しているか…………あった!)  奇跡的に本名で登録されていた。タップして通話を掛けると 『お掛けになった電話番号は電源が入っていないか~~~』 (やっぱり、繋がらないか……)  オレは、紗妃の様子を確認しようとして、横を見た。  いつの間にかハサミを弄んでいる紗妃が、オレを じっ、と見つめていた。じわり、と何かが背筋を這い上がっていくのを感じた。 「そう、そうよ……私が結婚したのがいけなかったんだわ……」 「? 紗妃?」 「だって『僕はそろそろ離婚できそうだから、そしたらハワイで挙式しよう。きっと神様は祝ってくれるよ、だって僕と君は結ばれる運命なんだから』って言ってたもの」 「……」 「今年はね、私がお仕事をお休みしたおかげで、彼とたくさん、会って、お話できて、とても楽しいの」  夢見る少女のような顔で語られる話は、オレの心臓の奥深くを何度も刺す。 「まるでお花畑を飛んでる鳥になった気分だったわ」  オレと……結婚しているはずの(紗妃)が、恋するように話す不倫相手の男。 (その男との逢瀬の度、紗妃は夢見心地だったのか……お前が結婚したかったのは……!) 「でもね、去年はね、とても苦しかったの……」 (去年……去年は──!) 「もうあんな思いはしたくないわ……」 「あぁ……、大変だったよな……」  胸に何かが去来する。喉が窄まるのを感じながら声を絞り出し 「話せる時を待ってたんだ、オレ、も……紗妃、その……」 「【汐見さん】、ずっとついててくれたものね。嬉しかったわ」 「?!」 (あぁ、紗妃……!)  悲しくて──泣きそうだ……!  紗妃は、悲しい鳥だ……  不倫するようなクズ男に『一緒になろう』という(うそ)を盛られ、その男が描いた理想郷の中の……  実在しないお花畑を飛ばされ続けている、美しく、悲しい鳥────  ドンっ!     その音と同時に、オレは体当たりされた。
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