012 - 病院にて

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 ナースコール後、ぼんやりしながら聞き耳を立てていると、どうやらここは大部屋らしい。  ぼそぼそと複数の会話が聞こえる。 (今、何時だ?)  救急で運ばれると病院は時間がわからない、と聞いたことがある。さっきも明かりが煌々としていたし、今も照明の光度が明るくて何時なのか皆目検討がつかない。  時計を見たいが、こう血管に針が刺さって固定されていては動くのもままならない。  すると、パタパタと遠くから足音が聞こえてきた。  シャッ! とカーテンが開かれ、笑顔の若い男性が現れた。 「おはようございます! えーっと、汐見さん! 気分はどうですか?」 「……は、ようござい、ます……」 「痛みとか、違和感とか、痺れとか。ありますか?」 「……や、それは……」 「じゃあ、今から体温と脈と血圧測りますね、ちょっと待っててくださいね~」    (まく)し立てるように早口で話す看護師さんだ。はっきり言わないと聞いてもらえない気がする。 「あ、と、すみません」 「? どうしました?」 「今、何時ですか?」 「え、あー、今ですね、朝の8時すぎですね!」  それを聞いてほっとした。まだ就業時間前だ。 「あの、職場に連絡したい、んですが……」 「え?!」 「や、あの、一応、部下がいるので心配させるとマズいので……」 「っはー、了解です。ん~……」  その若い看護師の男性は、少し考えて 「ちょっと待ってくださいね!」  そう言って、またせかせかと出て行った。  数分もしないうちに戻ってくると 「一応ですね、患者さんご本人でも病室で携帯の使用は禁止されてるんです。でもまぁ、今は近くに電波系の機械使ってる患者さんいないし、小声でなら今回だけ特別に、って話でした。看護師長から。次回からは携帯通話エリアでやってくださいね」 「あ、はい。すみません……ありがとうございます」  若い男性看護師は一気に言い(つら)ねながら、ほぼ空になっている点滴の水位をチェックして、右手の方を外してくれた。左手の方は2バッグになっているため、1個がまだ残っているので、そちらはそのままのようだ。 「スマホ、ですよね?」 「あ、はい……昨夜は尻ポケットに……」 「あぁ、着衣はここに来てからすぐ脱がされてますんで、スマホは……ちょっと失礼しますね」  そう言って、ベッドの頭の横にあるちょっとした棚の引き出しを引いて はい、と差し出してくれた。 「一応、貴重品とかは、そちらに入れるようにしてください。お財布入れるときは鍵も忘れずに掛けてくださいね」 「……はい……」  こうハキハキテキパキと受け答えられたり反応されるのは久しぶりでちょっと怯む。だが、その清々しい感じが今のオレにはすごくありがたかった。  昨日の部署内では久しぶりの三連徹デスマーチで床には死屍累々(ししるいるい)とあちこちに死体が転がっていたから、余計に。まぁ4日で終わってよかった。本当に。  会社に電話を掛けると、早出勤している受付社員が3コールで出た。 『はい。こちら、磯永(いそなが)コーポレーションです』 「あ、すみません。そちらの開発部所属の汐見です」 『はい。汐見さん……ですね。どうなさいましたか』 「急なんですが、今日はお休みをもらいたい、と伝言をお願いしたいんですが」 『お休み……ですね。事前に休暇申請はされてなかったんでしょうか?』 「すみません、ちょっと……急用だったもので」 『かしこまりました。では、開発部にそのようにご連絡いたします。他に何かご伝言はございますか?』 「大丈夫です。よろしくお願いします」 『かしこまりました。承りましたのは受付の三住です。では、失礼いたします』  ゆっくり、カチャ と受話器が置かれた音を聞いた。相変わらずその辺りまで徹底されてる。こういうところに好感を抱いたからこの会社に転職したんだが。 「終わりました?」  先ほどの若い看護師の男性がニコニコとこちらを見る。 「はい。休みの連絡を入れるだけだったので」 「勤め人は大変ですね~。こんなときまで会社に休みの連絡を入れないといけないなんて……」 「いや、あー、別に……連絡なんて電話一本ですから」 「そうですか~? ……まぁ、いいです! さ! とりあえず! 血圧! 脈! 体温!」 「はい。右手でいいですか?」 「大丈夫ですよ〜。左手はまだ外せないし」  シーツの膝元にスマホを置いて、右腕を差し出した。  若い男性看護師が首にかけた聴診器を両耳に当て、ベッドの脇にあったスツールを寄せて座ると、腕に巻く血圧計のアレを装着してプカプカと空気を入れ始めた。  ぼーっと、その若い看護師の斜め横顔を眺める。 (若いな……)  色白のその看護師の横顔は、どこか佐藤を彷彿(ほうふつ)とさせた。 (どこが、ってわけじゃないが……)  彼が首から下げてるネームホルダーを見る。 (やなせ……)  誰にでも読みやすいようにひらがなで書かれたその名前は、快活でしなやかな彼のイメージと合致している気がした。 「痛みとか、どうですか?」 「あ……麻酔? ですよね? 多分……痛さはそれほど……」 「そうなんですね、よかったです」  こちらを見上げてニコニコと笑う。彼は笑顔が通常運行のようだ。 「あの……」 「はい?」 「……一緒に来た、女性は……」 「……奥さん? ですよね?」 「はい……そうです……」 「大丈夫ですよ。ちょっと頭を強く打ったので意識がまだ安定してなくて。一応、IICU(集中治療室)CUに入ってるんですが、バイタルチェックで数値が安定次第、普通病棟に移すって先生が言ってました」 「そう、ですか……」 「よし! オールオッケーです!」 (システム、オールグリーン、かよ……)  とか、バカなことを、こんな時まで考えていた。
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