012 - 病院にて

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 そう答えられれば、(いや)(おう)もない。 「一応、まだ安静にしないといけないですし、お二人とも……女性は……奥さんですよね?」 「はい……」 「奥さんは、意識が戻るまで、とりあえずICUで様子を見ることにします」 「……」 「今日はゆっくり休まれて、明日の午後……で大丈夫ですか?」  ぼんやりしてしまい、話の前後が吹っ飛んでいた。 「? 何が、ですか?」 「警察の方が来られるので……色々聞かれると思います」 「あ……! はい……」 (警察って病院まで来るのか……) 「どなたか呼ばれますか?」 「?」 「お身内の方。不安であれば……」 (ああ、そうか……家から色々……でも警察が来る……オレも紗妃にも近くに身内はいないから……)  咄嗟に浮かんだ顔は1人だけ。 「……後で……僕から、連絡しようと……思ってます……」 「わかりました。鎮痛剤がまだ効いていて、意識がはっきりしてないでしょう。やることがあるかもしれませんが、まずは傷の回復が先決です。もう少し眠ってからにしてください」 「……わかりました」 「やなせくん、とりあえず食事を()ってから服薬して休んでもらいたいから、配膳の人に連絡して」 「はい!」 「じゃあ、朝食を摂ってる間にお薬処方して持ってこさせるので、それを飲んだら休んでください。いい休養になると思いますよ」 「はぁ……」 「寝不足の顔をしてますから」  いや、先生、あんたの方がよっぽど……と思っていると 「先生ほどじゃないでしょ! ほら! とっとと仮眠室に行けって! ほら!」 「は~、ほんと君は乱暴なんだから……」  身長差も相まって、掛け合いが凸凹芸人コンビだな、と思わず笑みがこぼれそうになり、はた、と気づいて医師に声をかけた。 「あの!」 「? はい、どうしました?」 「あ、あの……妻に会うことは……できますか?」 「「!!」」  やなせくんと先生は顔を見合わせて頷いた後、やなせくんが口を開いた。 「今は、汐見さん自身の療養を優先して。とりあえず、眠ってからにしましょうか?」 「え? なん……」 「えーと、奥さんの怪我は……それほどでもないんですよ。頭って切ると出血はすごいんですが脳に異常がない限り、割と平気なんです。でも多分、彼女、別の診察が必要なんじゃないですか?」 「!!」 「ここは救急医療の総合病院なのでそういった方もよく来られるんです」 (そういった方、とは……) 「あと、双方に外傷がある当事者同士が面会する時は、万全の注意を払って、当院の担当医師立会いのもとで、ってことになってるので」 「……」 「ですので、少し時間を置いた方がいいと思うんですね。お会いしたいのはわかるんですが……」  持って回った言い回しに引っかかるものを感じた。  その不満そうなオレの表情がひょろ高い場所からも読み取られたに違いない。  すると、それまで黙っていた医者が口を開いた。 「単刀直入に言うと、あなたが加害者である可能性も捨てきれないので、奥さんの意識が戻るまで、2人きりで会わせることはできない、ってことです」 「!!!」 「先生っ!」 「仕方ないだろう。本当のことなんだから」 「そ、そうですけど……」 「刺されたからといってあなたが被害者であるとは限らないので……我々もそういった事態には慎重に対応させていただいてます」  その医師の言葉は、半覚醒だったオレの脳内を ガツンっ!と叩き起こした。 「……そ、れは……」 「残りは警察の方にご説明ください」  硬質な声音で、はっきりと、これ以上ないくらい明快に言われて、オレは今頃、ようやく気づいた……そうだ。  刺されたのはオレだとしても、紗妃だって怪我をしている。 (その場合、オレが加害者だと疑われることもあるのか……!) 「……でも、当院のICUは家族控室からはガラス張りで見えるので、ご家族であればガラス越しに患者さんの様子を伺うことができるようになってますよ」 「……!」 「せんせぇ~、なにその落として上げる的な~」 「何にせよ、今は休まれてください。色々ご心配はあると思いますし、私たちも貴方が一方的な加害者ではないことを祈ってます」 「もう、言い方~!」 (なんだろう……)  この2人なら安心して任せられる気がした。 「とりあえず、お昼ごろに回診する予定ですが、汐見さんがまだ寝ているようでしたら、起きたころにまた来ます」 「……わかりました。ありがとうございます」  オレは、男性医師の少し威嚇(いかく)(はら)んだ声に萎縮(いしゅく)していたが── (オレなんかより……) 「あの、紗妃を……妻を……よろしくお願いします」 「わかってます。お任せください」  もっさりと前髪がかかっているその男性医師の、にっこりと笑った口元だけが見えた。   そしてオレは朝食を摂った後、やなせくんが持って来てくれた先生が処方したという薬を飲んで、また横になった。  次に目覚めた時、すでにその日──金曜日の夕方の、就業時間後だった、というわけだ。
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