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「連絡できなくて悪い。ちょっと緊急事態でな……」
『いや、俺は大丈夫だけど、お前は大丈夫か?』
「ん? あぁ……まぁ、大したことないというか……」
音量を絞るために声を潜めてスマホに話しかける。大したことないわけがない。だが、こんな夜から心配させると佐藤が眠れなくなるんじゃないかとそっちが心配になった。
『汐見? なんか声が遠いな?』
「……やっぱり、わかるか……」
オレのちょっとした違和感を、佐藤にはすぐ気づかれる。
(紗妃とは2年も一緒に暮らして全く気づかれなかったのにな……)
『どうした?』
「まぁ、お前に隠し事はできないな……」
心配そうな声。様子を伺っていても、こちらの事情を下手に詮索しようとしない佐藤の気遣いに、思わず目元と胸元がじんわりと温かくなる。
『汐見?』
「今、病院なんだ」
安心したからか、涙声になりそうな自分を叱咤して、ぶつ切りに会話するよう心がける。
『え?! け、怪我ってそんなに?!』
「……まぁ、ちょっと、な……」
ちょっと、どころではないが、そう言わないとまた。
『ど、どこの病院にいるんだ! すぐ』
「今の時間はもう面会できないから」
面会終了時間は3時間前に過ぎた。
『はぁ?! 面会できない? ちょっと待て! お前、入院してるのか?! どういう状況なんだ、おいっ!』
「説明は……ちょっと……電話では難しい、な……」
本当に。こういう話題は、顔を見て話さないと、思っていることの1割も伝わらないだろう、だから。
『おい! どこの病院なんだ! 一体どんな怪我したんだっ! 汐見ッ!』
「落ち着けって……大丈夫。幸い二人とも命に別状はなかったから」
『【二人とも】って?! どういうことだ! なんの話なんだ!』
心配のあまり、どんどん佐藤がヒートアップしていくのがわかる。それを横で聞くとオレはだんだん思考力を取り戻して冷静になっていき、自分らしさを取り戻す。
「……今は動けない……紗妃にも、連絡するな。歩けるようになったらまたLIMEするから……」
『歩けるように?! って、おまえ! 一体どんな怪我を!』
電話口の向こうで大声でがなり立てる佐藤が……オレは、なんというか、あいつの声音とトーンで心底心配してくれてるのがわかると、胸があったかくなる。
そうだよな。オレたち、もう7年以上の【相棒】だからな。
紗妃の携帯はおそらくどこかに保管されているだろう。意識が不安定と言っていたが、携帯が近くにあって佐藤から連絡が来ているのを見たらまた……
「そんな大きな声で喚かないでくれ。今日1日は何も考えずにゆっくりしたくてさ……連絡が遅くなってすまん」
『そんなことどうでもいい! 病院ってどこなんだ! 汐見!』
携帯通話エリアまでの距離がどれくらいなのかは、はっきりとはわからなかったが、明日の朝にはカテーテルも取って、自分でトイレまで行けるようになりますよ、とやなせくんも言っていた。
「……今言うと、お前、すっ飛んできそうだな」
『当たり前だっ! どこ』
ほんと、そういうとこだよ、お前。
みんな、お前のこと、めっちゃ美形とか、イケメンすぎる神、とか外面ばかり褒めちぎるけどな、お前の本当にいいところ、全っ然、わかってないよ。マジで。
「お前がすっ飛んで来ると困るから教えられない。明日、お昼前にまた連絡する。それまでちょっと待っててくれ」
『汐見!』
「心配してくれてありがとな。大丈夫。お前がいてくれて心強いよ」
これ以上、話してると不覚にも涙声になりそうだから、誤魔化すように喉の奥で笑った。
『汐見っ!』
「もう切る。電源も切っとくから。明日、俺から連絡あるまで待っててくれ。頼む」
『しおッ!』
「じゃ、な」
非情に聞こえるように、すぐにLIME通話を切った。
その後、誰にも聞こえないように、オレは少しだけ、泣いた。
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