013 - 佐藤との出会い

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 その時オレは(人間の先入観はヤバい……!)と思った。  佐藤に関するうわさは、聞き耳を立てて聞いた話ばかりだったが、佐藤とは初対面同然のはずなのに初対面の気がしなかったのだ。  しかも、あらかじめ聞いていた「佐藤」に関する悪い印象が先行していたから、聞いていた悪い情報と実際の印象との違いに、頭が混乱した。  頭をかきながら弁解した。しかも少々、捏造つきで。 「いや、その、開発にいる太田? 佐藤さんと同期なんだろう? 色々話を聞いてたんだ。お酒が飲めないって」 (太田、すまん!)    本当に聞いたのは「鈴木先輩」だったし、「酒」なんて大きな主語ではなく「日本酒」だった。  興味津々で佐藤に聞いてしまった罪悪感が若干入っていたのは確かだ。 「すまん。僕は佐藤さんに先入観が入ってるかもしれない。気を悪くしたら謝る」 「え? 気を悪くする? 僕が?」 「なんか……佐藤さんの話は色々聞いてるから……」 「あぁ、そうですよね。僕は【顔だけ男】って呼ばれてるんですよ。それも、ご存じでした?」  その言葉に、はっとしたオレは、初めてまともに正面から佐藤の顔を見た。  すると、佐藤は顔を歪めて自虐的に笑っていた。  顔を歪めても佐藤は、まだ確かに美形だった。  ただし、今にも泣き出しそうだった。 (あ……これ、は……)  流言飛語(りゅうげんひご)が飛び交うのは大組織の常だ。だが、それを本人に「本当のところどうなんだ?」と質問できるのは、少なくとも気心の知れた相手でなければ不審感すら抱かせる。  このとき(佐藤と初対面同然のオレがそんなことを確かめるのはちょっと違うよな……)と思った。んだが── 「僕はね、汐見さんのすごい話を聞いてます。今日は隣席できて、本当によかったと思ってます」 「あ、ありがとう……」 「あの案件、片付けてくれたなんて、すごいです。本当に。大変だったんじゃないですか?」 「あ、あぁ……」  そこで小1時間ほど2人で会話をすると、うわさの「佐藤」がうわさとは全く違う優秀な人間であり、営業の「鈴木」の話の方がまるででたらめだった、ということが判明した。  そもそも営業部にマクロ内部のコード部分が触れるほどデキる人材がいるなんて聞いてない。 「僕なんて、少し手直しするってくらいです。もともとプログラマーに職種転向希望だった先輩から聞き(かじ)っただけですから」  全然嫌味じゃない謙遜すらいっそ清々しかった。 (あぁ、オレはなんて馬鹿なんだ……)  一時期……いや、一瞬でもあんな悪口雑言だらけの「鈴木先輩」が言ってたうわさを信じた自分を恥じた。  「佐藤」が本当に『枕』をやるような男で、「鈴木先輩」とやらが優秀だというのなら「佐藤」の方が「鈴木先輩」の悪口を言いふらしに来ただろうに。  慣れとは怖い。 「鈴木先輩」の連日の陰口に付き合わされていた開発部は、まんまと「鈴木先輩」の思惑に乗り【佐藤は、仕事のできないルックスだけの枕野郎】という固定概念が出来上がってしまっていたのだ。 (オレともあろうものが……)  実力主義とは言わずとも、オレは外面よりも中身を優先することをポリシーにしていた。それが、こんな讒言(ざんげん)を信じてしまっていたとは。 (とするとやっぱり、「鈴木」の方に、外見のいい同性(佐藤)に対する嫉妬や偏見があったのか。そういったことは再度修正していかないとな……)と内省し、年が明けたら上長に相談して【鈴木が開発部に来ないようやんわり諭してほしい】と上申してみようとも思った。  だから、その時、当の「鈴木先輩」が向こうから歩いてくるのを見て嫌な予感がしたのだ。 「おい、佐藤! お前、今月も2位だったんだってな?」  千鳥足の「鈴木先輩」は完全に酔っ払っていた。  しかも、数メートル離れていても酒の匂いがする。 (こいつ……しこたま飲んでんな……)  日本酒特有の酒臭さが漂っていた。 「おい! 無視すんな佐藤! お前、オレのこと馬鹿にしてんだろう!」  そして……オレはつい、佐藤を庇う形になってしまったわけだ。
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