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「! え?! 佐藤さん?!」
美形の涙に驚愕したオレは、宴会場での「鈴木先輩」以上に狼狽えた。
だってそうだろう?
隣で歩いていたオレより10cmも長身の美男の、けぶるような栗色のまつ毛の下、少し垂れた目からポロポロと涙が零れ落ちてくるのだ。
ズズっと鼻をすする音まで聞こえきたかと思うと、とうとう佐藤は立ち止まってしまった。
(女性でなくてよかった……オレが泣かせたと思われる……)
ちょいちょい、と佐藤のジャケットの裾を引っ張って光り方が弱い1本の街路を見つけ、その樹の影まで誘導し、少しでも目立たないように隠す。
(女性だったら、なぁ……)
こんなに弱ってる異性がいたら、思わず間違いが起こったやもしれない。いやいや、弱ってる異性を手込めにするのは不謹慎だろ、と思いながら。
この時のオレは別に同性云々を気にしていたわけじゃないし、同性愛にも偏見はない。だが、それはオレ自身が同性愛者に見向きもされないと思っているからだろう。
目の前の佐藤だって、女性にモテまくりで常に彼女がいると聞いていたので、お互い同性に恋愛感情や性的なことを感じる人種ではないと思う。
オレはしばし、映画のワンシーンのような佐藤の「泣き」を少し斜め下から見上げていた。
(あ。そういや、さっきメガネ拭いたハンカチが……)
着替え一式の中にハンカチも突っ込んでいたことを思い出し、急いでビニール袋を取り出して少し日本酒の匂いが残るそれを佐藤に差し出した。
「さっき拭いたから日本酒の匂いはするけど、多分そんなに染みてないから」
そう言うと、コクコクと頷いた佐藤は素直にそのハンカチを受け取って目元をおさえた。
(美形って何やっても絵になるな……)
女であるとか男であるとかを超越するんだな、美人は。というのがその日最大の結論だった。
泣き止まない佐藤を連れて歩くのは少し目立つが、仕事納めの年末の夜に、このまま外にいると2人揃って風邪を引きそうだ。
各種一次会場は大いに盛り上がっているだろうが、二次会に向かうには少し早い時間帯だったため人通りは若干まばらだった。
アパートまでそんなに時間はかからないから、と促すと、佐藤はようやくしゃくりあげるだけになり、泣き声は収まっていった。
大の男、しかも高身長で芸能人並みの美形、がこんなに泣いてるのを初めて見た。いや、人前で泣く成人男性を見たのは生まれて初めてだったかもしれない。
あまりの出来事に、オレの隣で何が起こってるんだ……と考えながら歩いていると、程なくしてアパートに到着した。
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