235人が本棚に入れています
本棚に追加
オレのアパートは、自慢じゃないが狭い。6畳2間の2Kだ。
かろうじてバストイレはあるが、それもユニットバス。会社に近いというのが最大の条件で、家賃が負担にならない程度ならいい、どうせ寝に帰るだけの場所なんだから、という気持ちで借りた築40年の賃貸アパートだ。
奥の畳間に半畳ほどの小さな折り畳みテーブルが鎮座していて、寝るときはそれを片付けて押し入れから布団を出して寝る。
特に不自由はしていなかった。
3日ほぼ連徹して帰ってきた時はテーブルを片すのも面倒で、そのまま畳間に倒れて朝まで寝入ってしまい、危うくデスマーチのピーク時に風邪をひきそうになったこともある。
そんな部屋の中、部屋の主であるオレと、まだしゃくりあげている長身の佐藤は、半畳ほどの座卓をL字になって隣に座った。
オレは美形が話せるくらいは泣き止むのを、そばで待っていた。
すると───
「ず、ずびばぜん……ごんな……」
「うん……」
「どづぜん、お”じゃま”、じでるぶんざい、で……」
涙声が若干ダミ声で、泣き濡れた美形の口元から出てくる濁音混じりの声に、ちょっと笑いそうになった。
だが(ここで笑ったら、いかん!)と気を引き締め、神妙な面持ちをした顔だけで、佐藤の表情を下から覗き込んだ。
「よくわからんが……仕事、辛かったりする……のか?」
オレ自身があまり覚えてもいないようなありきたりな言葉で泣いてしまうくらいだ。抱えてるものが多いか、悩みが深いのだろうと思った。
「……」
沈黙したままの佐藤を見ながらオレが続けると
「いや、話したくなければいい……初対面も同然のオレに何がわかるんだ、って話だしな……」
「!ッぢがう”んでず!」
鼻にかかった濁音で否定して、佐藤はオレを見た。
「逆でず……オレ……僕……ごんな”ごど……迷惑がど……」
「迷惑?」
「だっで……初対面、な”の”に”……」
(あぁ~……こいつ……)
本質的に優しい人間───というのは自分を後回しにする。
相手を重んじるあまり、迷惑じゃないか、重すぎるんじゃないか、そこまでして嫌われやしないかと、そればかり考えて後手に回るのだ。
そんな男が営業ナンバーワンになれるんだ? 図々しいほどじゃなければ営業マンとして仕事はできないんじゃないのか? そう思ったとき
「ぼ……僕、会社、やめようと思ってて……」
「え??!!」
ようやくダミ声から抜け出せたらしい。が、その内容にびっくりしたのはオレの方だった。
美男の目は真っ赤に腫れ、鼻頭も赤くなり、鼻下にはまだ水滴がついていた。
最初のコメントを投稿しよう!