014 - 入院

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014 - 入院

 佐藤は、汐見からのLIME通話での連絡後、華金だというのにまんじりともせず1人で夜を過ごした。  何箇所かの病院に電話をかけたが、当然のことながら夜も9時を過ぎればどの病院にも繋がらない。  明日は土曜日だが、必ず朝一で病院に問い合わせ、汐見から連絡が来る前に入院している病院を突き止めようと心に決めていた。 (きっと、救急病院だから、最寄りの病院になるはずだ……)  汐見のマンションの隣人から情報を得て帰宅後、スクリーンセーバーが動いてるPCを復帰させてGマップで近隣の救急病院をチェックした。それから、リストアップした病院の名前・住所・電話番号をスマホに転送し、いつでも外出できる態勢を整えた。 (怪我……どんな怪我なんだ……! 本当に大丈夫なのか、汐見……!)    ◇◆◇  一方、汐見は、佐藤に連絡を入れたことで安心し、処置された昨夜よりもぐっすり眠れた。ので。  土曜日の朝、看護師の柳瀬(やなせ)が起こしに来た時にはすでに覚醒(かくせい)していた。 「うん。まだ痛みはあると思いますが、だいぶよくなってます。本当に回復早いんですね~!」 「そうなんですか?」 「はい! こんな人めったに見ませんよ! あ! でも、僕の同僚が一度プロアマのマラソンランナーの方の入院担当したことがあって、心拍が低過ぎて心配になったけど、常人の三倍くらいのスピードで回復して驚いた、って言ってました!」 「はは……ありがとう」 「? 僕、お礼言われるようなこと言いました?」 「いや、ただ、気が少し楽になったので」 「そうですか? それならよかったです!」 「じゃあ、トイレはもう自分で行っても?」 「いいですよ~。準備してカテーテル外しますね~。あ、でもお腹に力入れないようにして欲しいので……えっと、下剤用意するんで、それ飲んでもらってもいいですか?」 「そうか……」 「ええ、そうなんです」  2人で、ちょっと気まずそうに笑いあう。  柳瀬は汐見夫婦の内情を知らないが、汐見自身が患者であることは確かで、強面ではあるがゆったりした汐見の態度に好感を抱いていた。 「あの、どうします? 奥さんとの面会……」 「……朝食は、もう少ししたら?」 「そうですね。汐見さんのところまで配膳に来るのはもう少しですかね」 「……朝食を食べたら、ICUの家族控室まで案内してくれないかな」 「! ……わかりました!」 「気遣ってくれてありがとう」  汐見が目尻を下げてにっこり微笑むと、柳瀬は驚いた。  その表情は目つきが鋭く強面な汐見の、ギャップ100%の笑みだったからだ。 (う、わ~……この人って……)  汐見が無意識に微笑んだ時のこの表情を、佐藤はとても大事に大切に──5年間、誰にも隣りを明け渡すことなく──密かに愛でていた。  2年前、春風紗妃と結婚して、その場所を奪われるまで。  汐見の無意識と無自覚ゆえに表出されるその微笑みに、開発部に限らず他部署にも汐見に本気で懸想(けそう)している女性がいることを佐藤は知っていたのだ。 (無自覚の人たらしだな……この人)  昨日初めて会ったばかりの柳瀬にすら気づかれるくらいには、そう、だった。  とりあえず、汐見は20分で朝食を済ませるとナースコールで柳瀬を呼び出し、携帯通話エリアを案内してもらいつつICUに向かった。  ICUには──十数人分の病床が置かれ、その中に紗妃がいた。  顔の表情までは見えないが、ちゃんと存在が確認できてほっとする。 「……警察の方の事情聴取は午後から、ってことでいいんですよね?」 「え、あ、はい……」 「身内の方は何時ごろに?」 「事情聴取が終わったら……来ることになってます」 (事情聴取が……終わる時間くらいに来い、って連絡するか……) 「わかりました。じゃあ、警察の方には、13時でって連絡しても良いですか」 「そうですね……お願いします」 「無理はしないでくださいね。汐見さんだって怪我してるんですから」 「ありがとうございます。大丈夫ですよ。……僕、メンタル弱そうに見えますか?」  そういって微笑む汐見の表情に、柳瀬はまたドキっとした。 (同性でもこういう表情ってなんかクルものがあるなぁ……なんていうか、強面なんけど、顔の造作がいいんだ、この人)  マジマジと汐見の顔を見た柳瀬は妙に得心していた。 「どうかしました?」 「いえ、なんでもないです」 「あ、そうだ」  汐見が思い出したように、柳瀬に話しかける。 「はい? なんでしょう?」 「相談というか、お願いがあるんですが……」 「はい?」 「こういうの、ってないですかね?」  身振り手振りで説明しながら、汐見は「こういうケーブルがないか」と相談する。 「う~~ん、僕、よくわからないんで、わかりそうな人に聞いてみますね」 「すみません、お願いします」  柳瀬と汐見はナースステーション前で一旦別れた。  十分に睡眠を取った汐見は、ICUから戻った後は何もすることがなかった。  ベッドに横たわるしかないのに睡魔も襲ってこないし、スマホの電源を入れると佐藤から鬼LIMEが入ってきそうで起動する気にもなれず。暇つぶしにどうぞ、と柳瀬に持ってきてもらったスポーツ新聞を手持ち無沙汰に読み漁りながら午前中を潰した。  お昼時間前になったので、約束通り電源を切っていたスマホを起動してLIMEをタップしたが、懸念していた佐藤からの通知はなく。 (ちゃんと待ってくれてたんだな……) 『悪いな、佐藤。午後イチで人と会う約束があるから、4時くらいに来てくれ。T病院のB病棟の405号室にいる。一応、ナースステーションに【身内のものです】って言ってから来いよ』とだけ入力すると、すぐに既読がつき 『わかった』とだけ返信が来た。 (? 珍しいな。もっと何か送ってくるかと思ったのに……)
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