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016 - 病院での2人
(……ここは……)
昨日まであったはずのライトグリーンのカーテンの囲いらしき物体が見えない。
口元にある違和感を感じた汐見は呼吸が楽になっていることと、部屋が薄く赤く染まっていることに気づき、横を向いた。
(佐藤……)
右手にいる佐藤が、スツールに座って腕組みしたままうたた寝している。横になったまま頭を振って見回すが、他の人間の姿は見当たらなかった。
視線を戻して佐藤の目元に落ちた長いまつ毛の影を眺める。丸襟のシャツの上にカジュアルジャケットを羽織った佐藤の格好はプライベートでの外出時にしばしば見かけるスタイルだった。
(バカだな……目元にクマまでこさえて飛んでくるとか……)
そう思いながらも、胸には嬉しさの方が沁み渡る。
佐藤が【単なる友人】や【親友】以上の存在であることは汐見自身、十分に自覚している。
一番長く、最も身近にいる存在。
出会いから7年以上になる友人。
社会に出てそれほど長く一緒にいる交友関係は相当なものだ。
(……中高以上長く一緒に過ごしてるのか……)
少なくとも紗妃が現れるまで、佐藤は常に汐見の傍にいた。
その安心感が、今は何者にも替え難いと感じている。
(お前が【家族】だったら、なぁ……)
思ったことすら忘れそうなくらい曖昧な感情が胸を掠める。
(こんな弟がいたら……いや、比べられてめんどくせぇって思うな……)
これほどの美形が自分に懐くようになるとは、紗妃のような美女と結婚することになるとは、夢にも思わなかった。佐藤に会うまではイケメンや美女とは異世界の生き物として過ごしていたから不思議だよな、と思う。
そして、映像の紗妃の発言を思い出して少し哀しくなる。
(紗妃が……オレを見ていないことには、なんとなく気づいていた……)
例えば、鎌倉観光に行った時、営業部のBBQに呼ばれた時、現地集合の社内研修に向かった時。
その時、佐藤が運転する車中には常に紗妃が乗っていた。
(でも2人っきりにはならなかった、のか……)
佐藤が自身を恋愛対象として見る社内の女性を忌避しているのは承知している。それが何年も続いているのかと思うと、同情を禁じ得ない。
(そういや最近こいつから彼女の話、聞かないな……)
現実逃避ともいえる汐見の脳内の連想にはストッパーがなく、佐藤に関する情報だけが汐見の脳内を占領していく。でもそれが却って楽だった。
何も考えたくなかった。
(最後にこいつの彼女の話を聞いたのっていつだったか……)
ぼんやりと佐藤の端正な横顔を眺めながら思い耽っていると、いきなり
パチ、と佐藤が目を開き、眺めていた汐見の目線とかち合った。
「汐見!?」
「あぁ」
酸素マスクのせいで若干声がくぐもったが、苦笑して返答する。
「だ、大丈夫か? 気分は?」
「……なんとか。マスク、外しても大丈夫かな?」
「大丈夫、だと思う! とりあえずナースコールする!」
「頼む」
「痛みは? 吐き気とか、頭痛とか」
「いや、大丈夫だ」
コールすると柳瀬がすぐさま飛んできた。心配そうな顔で覗き込まれる。
「汐見さん!」
「すみません……なんか途中から意識がなくて」
「当然ですよ! 僕は見てませんが、大変な内容だったって……」
「はは……お恥ずかしい……実はメンタル弱いのがバレてしまいました」
「そんな……」
「違うだろ。……アレは当事者じゃない俺でも見ていて……相当キツかったぞ」
助け舟を出してくれた佐藤に感謝しつつ、汐見は柳瀬に質問する。
「僕はどれくらい気を失って?」
「えっと、2時間くらいですかね。今5時前なので」
「え?! じゃあ、部屋を移動しないと」
「あ。それは大丈夫です」
「「え?」」
佐藤と汐見が違う意味で疑問に思って思わず声を上げると、それを見た柳瀬は(この2人、表情がそっくりだ)と思って少し笑ってしまった。
「別の個室が空いたので、この部屋に入る予定だった患者さんはそちらに入ってもらいました。どうします? 今日はこの部屋をそのまま使いますか?」
「そういうこともできるんですか?」
佐藤の方が質問した。
「ええ、今日は入院患者さんが少ないので大丈夫です。ただ、個室料金になっちゃうのでちょっと金額が……」
「そうしよう、汐見。俺、今日泊まってくから」
「「え?」」
今度は柳瀬と汐見が同じ疑問を飛ばす。
「もしなんだったら個室料金、俺が出すし」
「いや、お前、そんな……」
汐見は慌てて佐藤を止めようとするが、黙して佐藤と汐見のやりとりを見ていた柳瀬が気を利かせて
「いいんじゃないですか? 昨日と一昨日は鎮痛剤でよく眠れたと思いますが、今日からは少なくなりますし……メンタルきつい時ってどうしても眠りが浅くなってしまうので誰かが傍にいた方がよく眠れると思いますよ」
佐藤に視線を配りながら援護射撃した。
柳瀬の言葉に少し驚いた顔をした佐藤だったが、彼の柔和な表情から好意的な意図を汲み取ってダメ押しする。
「ほら、看護師さんもそう言ってるんだから」
「いや、でも、そしたらお前どこで寝るんだ」
「あ、それも大丈夫ですよ。付き添いのご家族用に簡易ベッドありますので、そちらをご用意します。そちらも別料金なんですが……大丈夫です?」
佐藤の顔を見ながら料金上乗せ分を伺うことも忘れなかったところを見ると、柳瀬は勘が良いだけじゃなく商売上手だ。嫌味のない何気なさに営業トップの佐藤でさえ好感を抱いた。
「大丈夫です。持ってきてもらってもいいですか?」
「了解しました」
「……お願い、します」
「じゃあ、それは就寝時間くらいに運びますね。毎度あり~」
退室した柳瀬はスキップしながら出て行った。
「お前……いきなり泊まるって……」
「風呂、入った?」
「え?」
「病院来てから。風呂、入ったか?」
「え、いや、まだ……」
(話し聞けよ……つか、なんだそのトランク……)
話しながらゴソゴソと足元の小型トランクを漁っている佐藤。
「一応、風呂セット持ってきた。入れるかどうか聞いてから入った方がいいかもな」
「……もしかして、匂う、か?」
「……」
(まぁ、例え匂ってても俺はお前の匂い好きだし、今も抱きついて嗅ぎたいくらいだけどな)
「いや、さっき吐いた時、少し服にかかってたっぽいから風呂入って着替えた方がいいかも、と思ってさ」
「あ、ああ! そうか! ……まぁ、エアコン効いてて快適とはいえ、2日風呂に入ってないからな……」
「着替え持ってきたけど……病院にいる間はそれの方がいいんだろうな」
そう言って、汐見が着ている前合わせの病院服を指し示した。
「あぁ、診察あるしな……替えとかどうなってるんだろ」
そういうやりとりをした後。
汐見は風呂に入ることになり、病院食がない佐藤は1階の購買で夕食の買い出しをしに、2人して個室を後にした。
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