016 - 病院での2人

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   ◇◇ 「お邪魔しま~す」  そう言って入ってきた柳瀬はキャスターのついた折りたたみ式の簡易ベッドをゴロゴロと引きずってきた。 「1畳は無いくらいなんですが……佐藤さん大きいですよね……足までは入ると思うんですが、背伸びするとベッドから、はみ出ちゃうかも」 「それは別に気にしなくて大丈夫ですよ」 「そうですか?」 「はい」 「僕なんかこんなコンパクトサイズなので大きい人の悩みが逆にわかんなくて」 「そういや、佐藤のベッド、ちょっとデカイよな?」 「え?!」  突っ込んだ汐見の発言に驚いた柳瀬が、思わず汐見と佐藤の顔を見比べていると佐藤は内心で苦笑した。 「あ~、アレは特注。ダブルにしようとしたんだけどサイズ変更もできますよ、って聞いてあのサイズにした。幅はクイーン(160cm)で長さだけ250ある」 「でかくて変なサイズ感だな、とは思ったんだが……」 「あ、あの……」  そのやりとりを聞いて完全に (この人たち本当はデキてる?!) と勘違いした柳瀬が狼狽(うろた)えていると 「お前な、柳瀬さんが困ってるだろ」 「は? なにが?」  全く気づいていない汐見と、気恥ずかしさが手伝って少し赤面する佐藤の顔を再度見た柳瀬、まだ20代の青二才。  仕方ない、と佐藤は釈明することにした。 「こいつと俺は……その、宅飲み仲間なんすよ。こいつが結婚してからはなくなったんですが、俺の家で歩けなくなるまで飲むことがよくあったから……」  柳瀬が汐見に気づかれないよう、佐藤にだけ見えるようにぱくぱくと合図を送る。 「あ〜、いや、佐藤が『でかいベッド買ったから床に寝るなよ』って言い出して。間にでっかい抱き枕挟んで男2人で同じベッドで寝てたんですよ。そんな頻繁じゃ無いんですけど。家は畳間に布団だったんで佐藤のベッドの方が寝心地よくて、つい」  鈍感にもほどがある汐見の話を聞いた柳瀬は、憐れみの目で佐藤の気苦労を(ねぎら)い 「お前が床に寝たら翌朝『体の節々が痛い』とか文句言うからだろ」  佐藤は寂しそうな表情でそれに返した。  同じベッドで寝泊まりまでするのに佐藤の片想いなんて酷いにも程があるが、それを気づかれまいとしている佐藤の悲壮(ひそう)が知れた。 「ま、まあ、ソフレ? とかも流行するくらいなので? い、いいんじゃないですかね……」 「そふれ? なんですか、それ?」  柳瀬が内心の狼狽を表に出さず佐藤を労わろうと発した言葉に対し、汐見が疑問を口にした。  汐見に解説して良いものかどうか迷った柳瀬が佐藤に視線だけで助言を求めると、代わりに佐藤が口を開いた。 「添い寝する友達ってことだよ」 「へ?」 「セフレは知ってんだろ?」 「あぁ。オレには一生縁がないやつ」 「……それの、添い寝バージョン」  よくわからない、という表情をした汐見に佐藤が助言する。 「お前はグゴれ。その方が早い。柳瀬さん、ありがとうございます。あとは自分でやりますから」 「あ、はい。そうですね、お願いします……あ! それと! 今日までは就寝時に点滴するので、邪魔にならないように佐藤さんのベッドは汐見さんの右側か足元でお願いします。寝る前にまたコールしてくださいね」 「わかりました」  そう言って退室していく柳瀬は佐藤と汐見の関係に興味津々なのがモロバレだった。 (こいつは、ホンっトに……)  佐藤に言われて律儀にスマホで検索している汐見は 「へ~~! 今はそういうシステムがあるのか! すごいな、それ!」  世間知らず丸出しで感心しきりだった。 「……システムじゃねぇよ。ったく。誤解されるだろ」 「ん? 何を?」 「……」 (こんッの! にぶちんが~~~っっ!!)  叫びたくなるのを喉元でグッと(こら)えた佐藤は 「もう寝るだけだろ! お前は歯磨きとかして来い! おら! 俺も今日は早めに寝るんだから!」  誤魔化した。だが、少しだけ調べてわかった気になった汐見が 「そうか~。オレと佐藤はソフレだったんだな~。確かに」  などと言ったものだから (違うわッッ!!) と佐藤が心の中で盛大に総ツッコミを入れた。  汐見との間には巨大なクレバス級の溝があるのを佐藤は自覚している。  そして、それはきっとオリンピックレベルの幅跳びジャンパーでなければ飛び越えられないだろうし落ちたら即死だし、そうでなくとも落ちたら二度と這い上がれないな、と想像して佐藤は苦笑いするしかなかった。  いちいち説明するのも面倒になって 「おい、早く歯磨きして来い。お前の後、俺も行く」 「お、わかった」  手洗い場に向かう汐見を見送った佐藤は、トランクから自分の着替えとボディ専用の使い捨てウェットタオルを取り出してザッと全身を拭い、素早く寝巻き用のスウェットに着替え、汐見が戻ってくると交代で洗顔と歯磨きに向かった。  個室に戻ってきた汐見がコールして就寝する旨を伝えると、程なくして珍しく別の看護師が点滴スタンドと点滴バッグを抱えてやって来て、汐見の様子を聞きながら処置を行い5分もせずに出て行った。  佐藤が戻って来るまで何もすることがなくて、ぼーっと横になって点滴を見つめていた汐見は、何気なく室内の一際大きな白い壁にかけられたカレンダーを見た。  そのカレンダーは奇しくも汐見家の寝室にあるものと全く同じものだった。 (あぁ、そういえば今日は【あの日】だったんだな……)  感慨深くもあり、哀しくもあり、また───紗妃の心身に苦痛を与えていたのが自分だと知り……  その自分との接触がなくなることで(紗妃)の負担は軽くなるだろう、と素直に安堵(あんど)した。 (そうだな……紗妃とは、もう……)
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