016 - 病院での2人

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  「今日は色々……助かったよ」 「連絡はちゃんとしろよな。ったく……」  消灯時間になって、暗くなった個室。  汐見の右側には簡易ベッドが置けなかったので仕方なく足元の方に置くことになった 。 (久しぶりに汐見の寝顔見ながら眠れると思ったのに……)  佐藤にとっては残念なことこの上なかった。  汐見が入籍と同時にマンションに引っ越してしまってから、佐藤の部屋に寝泊まりすることは無くなった。  それも佐藤にとっては悲劇の一つだった。 (抱き枕を間に挟むってのは俺のなけなしの理性なんだからな!)  佐藤宅の寝室にあるベッドはクイーンサイズとはいえ、男2人で横になればそれなりに狭い。だが、触れられる位置に汐見の顔面があれば、自分が寝ぼけて何をするかわからないからこその苦肉の策だ。  汐見自身が歩けなくなるほど佐藤の家で宅飲みするのはそれほど頻回ではなく、どちらかというと炎上案件明けの打ち上げのように行われていた。  常日頃、営業の無茶振りを聞いて仕事を黙々とこなしてくれる汐見チームのチームリーダーに感謝と慰労の意味を込めての宅飲みだ。表向きは。  汐見の介抱込みで宅飲みを計画する佐藤の下心に気づく人間はほとんどいなかったが、ごく稀に佐藤と同じ視線で汐見を見つめている人間を見かけた時は、さりげなく牽制するようにしていた。  その甲斐あって、汐見の有能ぶりや冷静さに並々ならぬ魅力を感じて兄貴と慕う男性が多い気はするものの、実際の汐見に恋愛絡みの誘いをかけてくる人間がいなかったのは幸いだった。 (あの、脱いだらスゴいんです、って身体とか、見たらな……)  様々なことに思いを馳せながら、2人でぽつぽつと話していたが、そのうちに汐見の声が小さくなっていき、静かな寝息を立て始め────汐見は寝てしまったようだった。 「……汐見?」  佐藤が小声で確認するが、(いら)えはない。 「……寝たのか?」  ゆっくりとした深い呼吸音が室内に小さく木霊(こだま)する。  暗闇に少し目が慣れてきた佐藤は、緩慢な動作で起き上がった。  上り始めている月の光が隣の病棟に反射して、窓のカーテンの隙間から月明かりが差し込んでいる。  その明かりを頼りに、静かに汐見の右手に回り込んで、寝顔を伺う。 「お疲れ……」  そう言って、シーツから出ている汐見の右手の甲を、つつ、っと指先で触れる。  汐見が起きる気配はない。  代謝が良い汐見は体温が高い。なので、その右手も佐藤より暖かい。  ベッドの脇に(ひざまづ)いた佐藤は、小声で 「……触ってもいい、よな?」  懇願する。そして、心で (拒絶されたくない……)  哀願する。  今度は誰にも邪魔されないだろう。  汐見が泊まっていた時に、よくやっていた。  汐見の手を取って、両手で包み込む。  万感の愛しさを込めて。 (今日も、明日もその次の日もずっと。お前の隣にいたい……)  包み込んだ手を自分の額に当てて(ぬか)づく。 (決して俺の前からいなくならないでくれ。俺はお前がいてくれさえすれば、もう何も要らない……)  祈りを込める。  寝顔に触れてみたいが、触れるだけで止まる気がしない。だから、それはやらない。  友人の男同士で顔に触れることなんて、まずないからだ。  意識がある汐見に触れると、自分の手から感情が流れ込んで気づかれてしまうのではないか……想像しただけで、どうなるか恐ろしかった。 『嫌われたくない!』  そう言って佐藤に縋って来る女性も数多くいた。  そんなこと言われても。と素気無く断ることも多かった。だが────  いざ自分がその立場に立ってみたら、彼女たちの気持ちが痛いほどわかった。  恋人のように好かれなくても良い、嫌われさえしなければ(そば)にいられるから。  もうそれだけで良かった。  紗妃が────  汐見と紗妃が家族になれるなら。  それで──── (〈春風〉と汐見に子供ができたら……俺、自分の子供みたいに溺愛しそうだな……)  でもまた、こうも思うのだ。 (汐見の愛を一身に受けるだろうその子供にも、俺は嫉妬するんだろうか……)  つ、っと一筋の(しずく)が佐藤の頬を走った────
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