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004 - 大学の同期との飲み会
3日前の6月20日(月)
俺の繁忙期が終わるタイミングを見計らったかのように、大学の同期から連絡があった。
平日だからあまり時間は取れないが、と断っておいたのに、相手からは、おれも明日仕事だからそんな時間まで飲まねぇよ、と返された。
チェーン店の居酒屋に到着し、連れが先に入店してる旨を伝えるとホールに響く喧騒をあとにして個室に案内された。
「おーッす!」
顔を見た瞬間、ビールジョッキを掲げた相手に景気の良さそうな声をかけられた。
「よぉ、久しぶりだな」
「お前もな!」
隣県の会社勤めのこいつ・坂田均とは大学2年からの付き合いだ。学部が違うからサークルで知り合ってからの飲み仲間で、フットワークが軽くネットワークも広い。俺も割と人脈はある方だがこいつには敵わない。
とにかく懐に飛び込むのが異常に上手い。なんだったら飛行機で隣席になった気難しそうなおいちゃんと2時間会話しただけで、何年もメールのやりとりをしちまうくらいだった。
「わざわざ遠征してまで来るって、お前、暇なのか?」
「佐藤くん……相変わらずお仕事以外では塩対応なんデスネ?」
「……何を今更……俺のキャラ作りだっつってんだろ」
「そりゃそうですヨネ~」
「お前が他己紹介の時に変なこと言ったのが原因じゃねぇか。あ、生一つ、これと同じので」
先に飲んでる坂田のビールを指差し注文しながら、持ってこられたおしぼりで手を拭う。
「え~、俺は親切ゴコロで君を助けたノニ……」
「……なにが親切心だ。ネタだろうが。バカみたいに『佐藤は砂糖みたいに甘いからな~』とか。真に受けた勘違い女子が湧いて大変だったんだからな……」
まぁ、そういう女性は未だに若干湧くんだが……
「まぁまぁ、あの時の他己紹介でお前の認知度はかなり上がったじゃん?」
「別に……面倒だから認知される必要はなかったんだ……」
「冷たいなぁ、ホント。お前は砂糖じゃなくて、塩だよ」
「お前に言われたくない」
どこか懐かしい軽口を叩きながら、汐見とは違う会話の妙を楽しむ。
「で? 珍しいじゃん。深酒するのが大好きなお前がこんな平日に呼び出してまで誘うとか」
「っあー、うん……」
「? どうした?」
「……俺とお前の仲だしなぁ……」
「???」
ぐびっとジョッキを思い切り傾けて坂田は大きく一口を飲み干すと、自分の手前のおしぼりにドン! と置いた。
「お前のさ、なんだ? その、同僚? だっつったっけ? シオミ? っているじゃん?」
「ああ、汐見。ん? 俺、お前に汐見の話したっけ?」
「ん、ちょっとな」
ますますわからない。こいつと汐見に接点があったか?
「よからぬことを聞いてしまってだな……」
「へ? 汐見が?」
「まぁ~、シオミくん? は、春風紗妃と結婚したんだな?」
「? なんだ、お前? 春風紗妃まで知ってるとは、どこまで繋がってんだよ~、こえぇなオイ……」
「だよなぁ、俺もそう思うぜ……ったくよ。で、お前、春風の話、知ってんのか?」
「は? なんのことだ?」
「そうだよなぁ……」
は~~~っと、坂田はでっかいため息を漏らすと、ごくり、とビールではないものを嚥下して俺に向き直った。
「春風紗妃は俺の元同僚だ」
「え? って、前職はお前の会社にいたってこと?」
「そうだ」
「ぅわ、こわッ! 世間、せまっ!」
「だよなぁ……」
ふう、とまたため息をついてる。どうした坂田? 今日はお前らしくないな?
「……で? 何か問題でも?」
「……退職理由とか……知ってるか?」
「はぁ? 知るわけないだろ、そんな個人情報」
「だよな……」
「なんだよ、俺の同僚の幸せにイチャモンつける気か?」
俺が、あいつを諦めるためにどれだけ苦しんだか、こいつは知らない。
俺の事情を知らない相手に言うつもりもない。
だけど、知らないが故にそういう話題ですら心を抉られる。
もう十分だ。
俺はもう十分傷ついて、ようやくあいつを諦めることができたんだ。今更、あいつの嫁に関する情報なんか知りたくもない。
俺も勢いをつけてジョッキを傾け、大きくあおる。
坂田と同様、俺が自分の手前にドンっ! とジョッキを置いたのを見た坂田は
「春風紗妃の退職理由はな……」
珍しく真顔になって吐き出した。
「【会社の上司との不倫】だったんだ」
「!!!!!!」
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