005 - 汐見との出会い

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005 - 汐見との出会い

 汐見潮と俺・佐藤甘冶は、出会って7年と半年になる。  ちょうど社で開発部署の再編が行われている頃。  バグの多さで頻繁に炎上していた開発部では、急遽優秀な人材が欲しいと躍起になっていた。  そのときに、中途入社で入ってきたのが汐見だったのだ。  噂ではブラック企業から引き抜いた人からの、リファラル──紹介採用だったという話。  後に本人に聞いた話だと、汐見は学生時代にインターンしていた自社開発企業にバイトからそのまま入社というありがちなケースで新卒入社。  ただ、1年もしないうちに経営者が変わって業績が悪化の一途をたどり、ブラック体質になってしまった。  時給換算すると100円にもならなかったというサービス残業の中、毎回の炎上案件で心身ともに疲弊して壊れる寸前だったらしい。  その企業のブラックぶりを知っていた汐見の大学時代の先輩が声を掛けて、うちの社に紹介した。という転職劇だ。  汐見はブラック企業でのデスマーチを何度も経験していただけあって、その仕事ぶりは他の同僚が驚嘆するほど素早く正確無比なコードを書く、と凄まじい、という噂が流れていた。  VCS(※1)にコミット(※2)される、あらかじめリファクタリング(※3)を考えて作られた異常に可読性の高いコードは、当時社内一のプログラマーとして名を馳せていた北川氏(現専務)を唸らせるほどだったらしい。  これも後で知ったことだが、それまで現場第一主義で取締役専務の役職を渋っていた北川氏は汐見の入社を機に、その提案を受け入れたのだと聞いた。  北川氏が管理職になって開発部の管理を一手に引き受けたことで体質改善された開発部は、炎上率と残業率が劇的に下がり経営管理者会議でも社始まって以来の快挙と絶賛された、ということも最早伝説と化している。  その当時、中途入社の26歳だった汐見と、新卒入社2年目の24歳だった俺は数ヶ月間、入社時期も部署も年齢も違うため全く面識がなかったが、その年の忘年会で偶然隣の席に居合わせた。  それが初対面といえば初対面だった。  当たり障りのない世間話をしながら乾杯を酌み交わすことができたのは純粋に嬉しかった。  中途入社の汐見潮の有能ぶりは他部署にまで轟いており、開発部の同期から聞いた汐見潮という人間の仕事能力の高さにちょっとしたかっこよさと憧れを抱いていたからだ。  その頃の俺は、入社して2年の新人卒業前。  顔面偏差値の高さと高身長ゆえに他部署を含めた異性からはモテまくり、側から見て明らかなほどちやほやされ、営業部の同性からは妬まれるあまり【実力もないくせにそのルックスだけで仕事をとってくる最低なやつ】とか【枕男】と陰口を叩かれてることも知っていた。  その陰湿な陰口に慣れるよう努力している最中だったが、自分の預かり知らないところで根も葉もない噂を立てられ、そのうち業務に必須の報連相が自分にだけ回ってこなくなった。  仕事に支障をきたすほどの嫌がらせに疲れ果て、転職雑誌を読み漁っていた時期でもあった。  本社のほぼ全社員が集合して行われる、ホテルの大宴会場を貸し切った毎年恒例の忘年会は、巨大な回転テーブルを部署×3台ほど配置したホールのような場所で行われる。  各自の席はくじ引きで決められるため、部署も入社時も異なる俺と汐見が隣席になる、という偶然のイベントが発生したのだ。  各部署がそれぞれ得意の宴会芸の出しものを出し合い、飲めや歌えや踊れとまさに宴会そのもの。  2回目の参加だった俺は正直、同じテーブルの女子からの視線にうんざりして、どうやって穏便に二次会を断りつつ退場しようか考えていた。  そして、忘れもしない、忘年会のその席で──── ※1:VCS=Version Control System=バージョン管理システム。ファイルの変更履歴の保存・管理を行うソフト。 ※2:コミット= 追加・変更したファイルをVCSに登録すること。登録するコマンド。 ※3:リファクタリング=ソフトウェアの外部的振る舞いを保ちつつ、内部構造を改善すること。
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