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013 - 佐藤との出会い
佐藤とオレ・汐見潮が出会ったのは──
正確に言うと、オレが佐藤を初めて【個体識別】したのは、転職して初めての忘年会の席だった。
佐藤は、遠目から見てもスラっとした長身、ハーフのような顔立ち、少し茶色がかった眉と、毛先がくるっと巻いた髪をツーブロックで分け、そこから覗く薄い鳶色のぱっちりとした瞳。長いまつ毛に、ちょっと垂れた柳眉、そこまで高くはないが、小鼻が小さく顔の下半分まで整っている、紛う方なきイケメン。
じっくり見るのは初めてで、見れば見るほど(こんなイケ……美形が芸能界以外に存在していいのか?)と思うほどだった。
一瞬、ハーフかと思って本人に聞いてみたが、本人曰く
『3世代前くらい? の祖父が少し混じっていたらしいです。僕はまだ薄い方で。従兄弟はもっとハーフ顔ですよ』
そう言って、初めて話して、初めて訪問したオレの家の宅飲みで、屈託なく笑った。
ついさっきまで、泣いてたのも忘れたように───
*****
佐藤はとにかく目立った。
そこにいるだけでこんなにも目立つ人間がいるのか、と思ったほどだ。
本人曰く、起床時は183cmで、夕方には180cmくらいになり、体重は70kg。もう少しウエイトを増やしたい、とのこと。
スリーピースのスーツがビシっと似合う、嫌味すぎない程の逆三角形の形の良い上半身に、長い手足。
そりゃ最初に聞いた【枕営業して仕事を取ってる】とのうわさも ”彼ならありうる話だろうし、百発百中だろうな" と思わせる話だった。
それを聞いた当時のオレはそれが陰口だとまで思い至ってなかった。その目立つ容姿が、彼の能力を過小評価することになっているとは知らなかったからだ。
彼と直接会って話すまで、尾鰭背鰭をつけていた彼のうわさしか聞いておらず、直接話したこともなかったから ”そうか?” くらいにしか思っていなかったし、別段気にもしてなかった。
それまでのオレの世界に、そんなイケメンは存在しなかったし、まさに異世界の人間だったからだ。
オレが佐藤と同じ会社に中途入社したのは、磯長が請け負った大規模なシステムの炎上案件があり、すぐに来て欲しいと請われてのヘッドハンティングだった。
微妙なタイミング(9月下旬から)での転職だったことと、開発部署始まって以来のデスマーチになる、と言われいて、入社当日から即、炎上プロジェクトのチームにサポートとして入った。はずなのに……翌週からすぐチームリーダとして一気にソースコード管理を任されることになた。つまり、何万行ものコードを解読する作業を一任されたのだ。
オレが前職のブラック体質に慣れていたのもこの会社にとってはラッキーだっただろう。
転職したばかりだというのに、3日連続の泊まり込み作業に不平不満も言わず黙々と作業をするオレを見て、オレより先に入った年下のエンジニアたちも発奮したということだった。良い刺激になったのだと思う。
その時、一緒のチームで死に物狂いになってコーディングしていた全員が今や、ほぼオレの部下だ。
そうやって11月末までずっと忙しく過ごしていたので、「イケメン・佐藤」の存在など、完全に頭の外だった。
ところが、年末進行になりかねない作業にようやく光明が見えてきて、各自、帰社時間を調整しながら帰るようになった頃、営業の「鈴木」という男が度々出入りするようになった。
どうやら、オレと同じチームにいる開発部の大戸先輩と同期入社の人で、とにかく派手な時計にピカピカに磨かれた靴が印象的だった。
『まったくよぅ、俺の仕様どおりにやって、なんでこんなことになるんだよ?』
横柄な態度が目立つ男だな、という印象だった。その時はそう思っただけだ。
だがまぁ、後で聞くと、オレが転職後すぐ、修繕に3ヶ月もかかった炎上大型案件の最大の元凶がこの男だった。
営業が開発案件を安請け合いすることはよくあることだが、ここまで酷いのは見たことがない。と思ったら案の定、プログラミングのプの字も知らないこの男・鈴木が上流工程の内部設計を担当したのだという。
(逆にそんなんでそのシステムよく動いてたな)と思ったが、納品直後からバグが勃発し、意味不明のエラーを続出し、関わった全員が『もう二度とあの案件に関わりたくない』とまで言わしめた、まさに【悪魔のプロジェクト】だった。
そんなこんなで、開発部がようやく一息ついた11月下旬頃から、ちょくちょく開発部に出入りしては「営業部の枕野郎・佐藤」の話が、この鈴木の口から毎回飛び出していた。
(はぁ……どこにでもいるんだな、こういう人種は……)
いわゆるやっかみだ。
営業の「佐藤」の話は「鈴木」以外からも耳にしていた。
女性が見れば一目惚れするに違いない容姿で、営業部ではトップの売り上げを誇る人物。
(この世知辛いご時世に営業とはいえ、顔だけで仕事が取って来れるかよ……こいつはアホか……)
そう思いながら、でも聞き耳をたててそのうわさ話を興味本位で聞いていた。
やれ、あそこの会社では女性部長をたぶらかした、やれ、どこそこの会社では女性役員に取りいっただの、終いには、男性もイケるといううわさがあるZ社の社長と同じBMWに乗って食事に行ったのを目撃したやつがいる、だのだ。
果たしてどこまでが真実でどこまでが嘘かわからなかったオレは
(なるほど……本人から話を聞いてみたら面白そうだ……)
そう思うようになった。
なぜなら、10月に入ってオレたち開発部が連日夜遅くまで作業している時、ちょくちょく営業部が明るいことがあった。
その度に営業部をそっと覗いてみると、ほぼ毎回、その「佐藤」が自席でディスプレイと書類を見ながら格闘していたからだ。
(ふ~ん……横顔までイケメンかよ……)
鈴木くんが嫉妬する理由もわからないでもなかったが、まぁでもオレには関係ないしな、と思っていたのだ。その時は。
だから、忘年会で本当に偶然、席が隣り合った時は驚いた。
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