30人が本棚に入れています
本棚に追加
2
とはいえ、にわかには信じられずに、朔夜は自室のベッドの上で腕を組んで、そのデジタル時計を見つめる。見た目は本当によくあるスマホ大のデジタル時計で、置くことができるように少し厚みがあった。画面に大きく時刻が表示されていて、下に小さく今日の日付がある。側面には設定用のボタンがついており、どこからどう見ても普通の時計だ。
朔夜は自分のスマホを見た。こちらもロック画面には時刻しか表示されておらず、一誠からも槙人からも、連絡が来ていないことを示唆していた。
ズキン、と胸が痛む。今から連絡して、やり直すことはできるだろうか。でも、何をどう話せばいい?
好きな気持ちは変わらない。友人としてのボディタッチもなくすことはできる。けれど、それだけで一誠は考え直してくれるだろうか。
そして槙人。随分酷いことを言われたけれど、こちらも相当なことを言った自覚はある。一誠を好きな気持ちを否定され――それが自分自身を否定されたと思った。
「……意気地なし」
結局どちらとも連絡を取る勇気が出ない朔夜は、胡座をかいた体勢からそのまま倒れて横になる。弾みで目尻から涙が零れて、ぐす、と鼻をすすった。
いっそ、なかったことになればいいのに。
そう思ってハッとする。目の前のデジタル時計を見て、あの怪しい男の言葉を思い出した。
――これを使ってやり直せばいいんですよ。
「……っ」
背筋がぞくりとして起き上がる。本当にそんなことができるなら、一誠に振られ、槙人に絶交されることもなくなるかもしれない。
仲がいい三人のままでいられる?
緊張か恐怖かその両方か、朔夜の足が震えた。太ももをさすって落ち着け、と自分に言い聞かせる。
そして一誠への恋を諦め、槙人と喧嘩別れしないように、時を巻き戻す決意をした。
ベッドに放り出していた時計を手に取る。心臓が大きく脈打って手も震える。けれどもう、一誠にあんな顔で見られたくない。
「じゃあ、いつまで巻き戻そう?」
緊張で頭が上手く働かないので、声に出して思考を整理する。
「学祭の日の朝? ……いや、それだと諦めきれない」
ではもっと前、大学に入学した頃はどうだろう? 槙人とはその頃に出会ったし、彼と合わなければ喧嘩別れすることもないだろう。
「……」
いやダメだ。その頃にはもう、朔夜はどうやって想いを伝えるか、とばかり考えていた。そのせいで、槙人に想いがバレたのだ。
「……一週間……一週間なら諦めきれなくても、意識を逸らすことはできるかもしれない」
こういうのは、うだうだ考えていたら惰性で伸びてしまう。きっちり期限を設けて、その間に最大限の努力をする。その方が精神衛生上いい。
「……よし」
朔夜は再び時計の画面を見た。あの怪しい男の言葉が嘘かもしれないなんて、好きな人と友人を同時に失った朔夜には、些細なことに過ぎない。ダメならダメで、また諦める努力をするだけだ、と朔夜は日時の設定画面にする。
「えっと……一週間前だと、十月二十七日?」
丁度、学祭の準備が始まった頃だ。時間はいつも起きる時間、午前八時半に合わせた。
「……」
大丈夫。時間が巻き戻せなかったら、あんな怪しい男の言うことを信じた自分を笑えばいい。そしてその勢いで、一誠のことも過去のことにすればいいのだ。
大きく息を吸って、ゆっくり吐く。よし、と呟いて、朔夜は設定ボタンを押した。
最初のコメントを投稿しよう!