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 しかし、それも一誠を目の前にしてしまうと簡単に揺らいでしまう。一誠は朔夜の気持ちなどお構いなしに近寄り、友達として接してくるのだ。それが嬉しくもあり、辛くもあった。  そしてそう思う度に思うのだ。この気持ちを打ち明けてしまいたいと。  でも、告白してしまえば一誠との関係は終わりだ。それに、学祭まで大きくできごとを変える言動はできないし、とため息をつく。 「朔夜、はいこれ」  三十日の月曜日。色々考えていたら感情が爆発しそうだったので、学祭準備から抜け出し、目立たないところで休憩していた。一人になりたかったのに、という感情を隠さずに声の主を見上げると、微笑した槙人がいる。その手には朔夜が好きなグミの袋が握られていて、何で? とまた槙人を見た。 「……オレ、土曜日寝坊しただろ?」 「うん。これは休憩中に食べようと思ってた分」  記憶通りのセリフを言いながら、槙人は隣に座った。不思議なのは、当時は放っておけとしか思わなかったのに、今は心配してくれているのが少しありがたいと思ったのだ。 (喧嘩別れするって分かってから、槙人の気遣いに気付くとかサイテーだなオレ……)  実際、彼がよく笑うひとだと気付いたのも時間を遡ってからだし、『あの時』ちゃんと冷静に話せば、喧嘩もせずに済んだのかもしれない。 (……そうか)  朔夜は顔を上げた。槙人と喧嘩をした原因は、自分が彼をちゃんと見ていなかったからだ。彼がどんな風に考え、何を思ってあんなことを言ったのか、考えることもしなかった。 (自分が傷付けられたと騒ぐばっかで……かっこ悪いな)  これが、一度痛い目に遭ったから分かるのだと気付けば、情けなさすぎて槙人を真っ直ぐに見られない。 「サンキュー……」  グミを受け取って、朔夜はあらゆる想いを込めてそう呟いた。すると槙人はやはり、柔らかい笑みを浮かべるのだ。そして、何も言わないまま隣にいる。 「……なぁ」  朔夜は今後に影響なさそうな質問を考え、聞いてみた。 「槙人の好きなお菓子って何?」 「何急に?」 「いいから」  スーパーで安売りしている時に買うから、と言うと、安売りの時かぁ、と彼は笑った。実際、朔夜は本当に槙人にプレゼントするつもりでいる。朔夜の自尊心を傷付けることなく、さり気なくフォローしてくれていたことへの感謝として。 「……これ」  すると槙人は朔夜の方を指す。え、と思って見ると彼の指はグミの袋を指していた。 「俺も好き」 「……じゃあ食うか」  朔夜はそう言って袋を開けると、横から声を掛けられる。見ると、時折見かける、違うゼミの女の子がいた。槙人と二人で話がしたいと言っていて、そういえばこの子から槙人は告白されるんだった、と朔夜は立ち上がる。『当時』の自分は槙人がどう返事をするのか興味があって、こっそり聞き耳を立てることにしたのだ。そして思い詰めていた朔夜は、これをきっかけに一誠に告白しようと考えた。  緊張した女の子の声とは裏腹に、槙人はずっと穏やかだ。「ごめんね、付き合えない」と断ったのを聞いて、せっかく告白されたのにもったいない、と槙人に言った覚えがある。言いたくても言えないひとがいるのに、勇気を出してくれた女の子がかわいそうだ、とも。けれど、今の朔夜には別の言葉が浮かんだのだ。じゃあ、今は誰とも付き合う気はないのか? と。『当時』槙人は苦笑するだけだったけれど。  同じ時間を辿っているようで、微妙にズレている、と朔夜は感じる。それは朔夜の心の中の変化で、見えるものの感じ方が違っているのだ。  これはやり直せているのか? もしそうなら一誠に告白せずにいられるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて、朔夜は学祭準備に戻った。
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