第11話(最終話)前世を巡る旅

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第11話(最終話)前世を巡る旅

「そういえば、私の前世での名前って何なんですか?」  日曜日。会社が休みで私は部屋のベッドでゴロゴロしている。  一方の永久保は、私の部屋の掃除をしている。私が見張っていることを条件に、どうしても掃除をしたいという永久保の提案を受け入れた形である。 「おや、香織さんも前世にご興味が?」 「まあ、気にはなりますよ」  永久保は、自称・前世での私の家臣である。いや、前世って……と最初は半信半疑どころか百パーセント疑っていた私だが、今にして思えば不思議なところもある。永久保が初めて会った時、前世での自分の名前を口にしたが、何故かノイズがかかったようにその名前だけ聞き取れなかったのだ。 「香織さんの前世でのお名前は■■■■でした」 「……うーん、やっぱりノイズがかかって聞き取れませんね」 「そうですか……」  永久保は、せっかく関心を抱いてもらえたのに、とションボリした顔をしていた。一方の私はある妙案が浮かんでいた。 「前世の私と永久保さんはこのあたりに住んでいたんですか?」 「はい」 「そうですね、じゃあ――」  私は妙案を口にする。 「今日は天気もいいし、デートにでも行きませんか?」  永久保の家政夫としての仕事を放棄させて(とはいえ母からも許可は得ている)二人で向かったのは図書館。このあたりで一番大きな施設なので大抵の本は揃っている。永久保に手伝わせてこの地域の歴史の本を借り、二人で個室に入って書籍を紐解く。 「私の前世って結構有名な一族だったんでしょうか?」 「いえ、失礼ながら歴史の教科書に載るほどではなかったかと。ただ、この地域ではそれなりに裕福な家柄ではありました」 「忍者を雇うほどですもんね……うーん、忍者ってことは何時代だ……?」  二人で手分けして本を読みながら会話を交わす。  やがて、「あ、もしかしてこれかな?」という記述に行き当たった。  ――この地域で○○時代、権力を握っていた塩見家は、忍びの者を使い、情報戦を制していたという。その一族の娘、■■■■と、とある忍びは――。  ……やはり、娘の名前だけ、モザイクがかかったように読めない。 「永久保さん、この名前の部分、読めますか?」 「ええ、私にはハッキリと読めます」 「となると、やっぱり私だけ、前世の記憶が封印? されてるってことかなあ……」  塩見……塩見かあ……。聞き覚えがあるような、ないような……。  うーん、と唸ってしまった私を、気遣うような目で永久保が見る。 「あの、香織さん……あまりご無理はなさいませんよう……」 「え? 別に無理はしてませんよ。前世が思い出せるならそれに越したことはないですし、ちょっと面白いなと思ってるくらいで」 「しかし、すごい汗です」  永久保に言われて、初めて大量の汗をかいていることに気づく。 「あれ? おかしいな……図書館、クーラー効いてますよね? 熱でもあるのかな」 「――香織さん。今日はもう帰りましょう」 「大丈夫ですよ。もう少しで思い出せそうなんです」  永久保の制止も聞かず、私は本の文章とにらめっこする。本当に、もう少しで、このモザイクが晴れそうなのだ。  ――■、■、ひ、め……? 「姫、これ以上は――」 「……織姫」 「――!」 「塩見織姫。……それが、私の名前ですね?」  私は、永久保を真っ直ぐ見つめる。汗は引き、思考も視界もクリアになる。 「永久保さん――いえ、永久(ながひさ)。何故、貴方は私を殺したのですか?」  私は、目の前の男を見据える。  そう、私は殺されたのだ。この男に。 「――確かに、私が姫を殺しました。しかし、姫に同情したためです。貴女を愛していたのも本当でした」  私と永久は、図書館を出て公園を歩いている。この自然公園は、塩見家の跡地らしい。 「姫は……実のお父様とお兄様に愛されていました。それがどういう意味か、今の貴女なら分かりますね?」 「ええ」  私は目を伏せる。父と兄は、私を愛していた。それは親子愛や兄弟愛だけではなかった。 「私は、見ていられなかった。私も貴女を愛していたのは事実でした。身分の違いから、叶わぬ恋でしたが。私は塩見家の人間を皆殺しにして火を放ち、貴女の亡骸と一緒に、この池に沈みました」  永久は、ちょうど通りかかった池を指差した。人がすっぽり入る深さだった。 「それが、『悲恋の末に心中』……ね。随分曲解されてますね」  図書館で読んだ歴史書にも、そう書かれていた。歴史の真実とは分からないものだ。 「それで? 貴方はなぜ、今更私の前に現れたのです?」 「地獄での刑を終えて、やっと転生できたのがこの今世なのです。どうしても貴女にお会いしたかった」  随分探しました、と永久は言う。彼は、人混みの中で私を偶然見つけた、と言っていた。運命だった、と。  おそらく父や兄、それらを黙殺してきた塩見家の人間は、みな今も地獄で刑を受けているのだろう。塩見家を滅ぼした永久よりも重い罪と言えるのかは分からないが。 「姫、納得がいかないのであれば、どうか私を断罪してください。私はその覚悟が出来ております」  つまり、永久保――いや、永久が私の前に現れたのは、私に罪を告白して、その罪を赦すか赦さないか、私に選択させるため。赦すならば、今世こそ私の傍に一生仕えるつもりなのだろう。  フウっと、私はため息をつく。 「……まあ、終わったことは仕方ないですよね。父も兄もロクデナシだったことは思い出しましたし、貴方の罪を赦しましょう」 「……! ……誠に、誠に……、有り難き幸せです」  永久は私の手を引いて、そっと抱きしめる。耳元で、鼻をすする音が聞こえた。 「もう二度と、貴女に不自由などさせません。そのために地位も財力も高めてまいりました。もう貴女は籠の中の鳥なんかじゃない。私が今度こそ幸せに致します。……私と結婚してください、織姫様」  それは一世一代のプロポーズだった。  過去を、前世を取り戻した私には、その言葉が胸に響いた。  以降、私と永久保はマンションに移り住んだ。両親は私たちが婚約しているとすっかり信じ込んでいたのでその辺はスムーズに話が進んだ。永久保は家政夫を辞めて、本業の不動産業に戻った。もともと家政夫業は私と暮らしたいために始めたに過ぎないが、たしかに不動産業界では彼はそれなりに名が知られているらしい。 「私は本当に何もしなくていいんですか?」 「ええ、貴女は自由に過ごしてくだされば」  私は勤めていた会社を辞めて、永久保と籍を入れた。今でもたまに仲の良かった元同僚とランチしたりしている。 「香織さんは、私の愛しいお姫様ですから」  永久保は、私の髪を梳かしながら鏡越しにウットリした目を向けている。 「もうお姫様扱いは辞めてくださいよ。前世はもう終わったことなんですから」  そう、前世は終わったことだと、私は認識している。  前世を思い出したところで、私たちの呼び名は今世通りにしようと、私が提案したのだ。 「幸せです、とても」  永久保は私の首筋に顔を埋める。 「そうですか」  私は永久保の頭を撫でる。 「香織さんは幸せですか?」 「いちいち言わないと分かりませんか?」 「気になりますので」 「しょうがないなぁ……」  穏やかな晴れの日。  前世の家臣は前世のお姫様と、時空を超えて結ばれ、幸せに暮らしましたとさ。  めでたし、めでたし。 〈完〉
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