第5話 自称家臣のストーカーとデート(ドライブ編)

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第5話 自称家臣のストーカーとデート(ドライブ編)

 さて、今日は約束の日曜日である。  私――美園香織は、鏡の前で身支度を整えている。  自称家臣のストーカー・永久保証とのデートなどテキトーな格好でいい気もするのだが、ドレスコードのあるレストランで食事とのことで、半端な格好でノコノコ行ったら笑い者になるのは私である。腑に落ちない。  まあ、このくらいの服装なら店内に入れるだろう、と落としどころを見つけ、手早く化粧を済ませる。  おろしたての靴を履いて扉を開ければ既に永久保が控えていた。 「おはようございます、香織さん」 「お、おはようございます……」  私は思わず警戒心を丸出しにしてしまう。それにしてもコイツ、顔はやたらいいんだよなぁ……。  爽やかな笑顔を向けられ、たじろぎそうになる。こういった、男性との付き合いには不慣れなのだ。いや別に付き合ってないけど。 「フフ、お可愛らしいお召し物ですね」 「どうも……」  どうしてもコイツに心を開いてはいけない気がして、ぶっきらぼうな態度になってしまう。 「それでは、ゆるりと参りましょうか」  永久保は「お手を」と自らの手を差し伸べる。繋げというのか。私は恐る恐る手を差し出す。永久保の手は、私の手を容易に包み込むほど大きい。手を繋いで歩いていると、妙に気恥ずかしくて、私は赤い頬を隠すように俯いて歩いた。  私の家から少し離れたところに駐車場があって、永久保の車はそこに停めてあるようだった。  メッセージでやり取りした内容によると、水族館で時間を潰したあと、レストランで食事をするらしい。  私は助手席でソワソワしていた。イケメンとはいえ永久保は前世の家臣を自称するヤバいストーカー。いつでも逃げられるように備えておくに越したことはない。助手席側のドアの鍵を解除しておこう、とすると、 「香織さん、ドアの鍵開けっ放しだと危ないですよ」  永久保がいい笑顔でドアの鍵を閉め直してくる。なんかもう、その笑顔が怖い。やっぱりデート行くなんて言うんじゃなかった。車という密室で、何が起こってもおかしくない。 「シートベルトもきちんと致しませんとね」  永久保はご丁寧に私にシートベルトをつけてくれる。これでは咄嗟の時に逃げられないが、交通規則は守るべきだから仕方ない。  運転席に座り直した永久保は、スッと車を発進させる。スマートな永久保のイメージそのままのような、優しい運転だ。 「う、運転お上手ですね……」  私はとにかく永久保の機嫌を損ねないように、褒めておく。 「……! あ、ありがとうございます。勿体なきお言葉、身に余ります」  永久保は私の褒め言葉に、正面を向いたまま、少年のような屈託のない笑顔を浮かべた。なんだそれ。なんだそれは。めちゃくちゃ私のこと好きじゃないか。いや、初対面のときから彼は私への好意を隠さなかったが、思わずキュンとした自分を殴りたい。  そこからは、特に話が弾んだわけでもない。信号待ちでも、走っている途中でも、会話がないので少し気まずかった。  やがて、車は水族館に到着した。駐車場に来た途端、永久保がグイッとこちらに顔を近づけてきて、思わず悲鳴が漏れそうになった。いや、悲鳴をあげたほうがいいのか? 周りに助けを求めてもいい気がする。 「? どうかしましたか?」  永久保はどうやら、車をバックさせるのに後ろを向きたかっただけらしい。恥ずかしい勘違いをしてしまったと、私は悔いた。 「い、いえあの、……」  まさか襲われると思ったとかキスされるかと思ったとか、本人に言えないよなあ。 「ご安心くださいませ。私は香織さんがその気になるまでは我慢できますので」 「人の思考読み取るのやめてもらっていいですかね!?」  っていうかなんでわかるんだよ。 「申し上げましたでしょう? 香織さんのことなら何でもお見通しなのです」  永久保は目を細めて微笑む。  なんなんだ、このチート男は。  何はともあれ、無事駐車したのでシートベルトを外し、車から降りる。永久保は先に降りて私のドアを開け、私の手を取って立たせてくれた。エスコートが完璧すぎて執事のようにも思える。  私たちはまた手を繋いで(というか繋がされて)水族館へと入っていくのであった。 〈続く〉
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