第8話 自称家臣のストーカーが家に住み着いた

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第8話 自称家臣のストーカーが家に住み着いた

「ねえねえ美園さん、彼氏さんって何者?」  職場での昼休み。  社員食堂で一緒に昼食を摂っている同僚の関心は、専ら永久保証のことである。 「まだ彼氏じゃないよ」 「まだ、ってことは付き合う予定はあるの?」  言葉尻をとらえられて噎せそうになる。 「ん、ンンッ……ええっと、アイツが何者なのかはまだ知らない……」  咳払いをしながら釈明すると、同僚は怪訝な顔をする。 「何者か知らない、って……え? 知り合いじゃないの?」 「なんて説明したらいいのかなあ……」  前世での家臣を自称している謎のストーカー、としか。でもこの説明をしてしまうと余計にややこしくなるな。 「……えーっと、まだ知り合ったばかりなんだよね。最近交流が生まれたというか……」 「ふーん? 『姫様』って呼んでたからかなりヤバいなって思ってたけど……あ、もしかしてホスト? やめときな?」  やはりホストと思われるよなあ。  うう、永久保に『姫様』とか大声で言われたの本当に恥ずかしい……。しかも会社の前でやらかしたのでその場にいた社員にかなりのインパクトを残したはず。転職したい。仲のいい同僚にこのネタを擦られ続けるの、なかなかハードである。  のらりくらりと躱しながら、今日も勤労に励んだのであった。  で、会社を退勤すると、やはり外で永久保が待機しているわけである。 「本日もお疲れ様でした」  永久保はいたわるような笑顔を向けながら、私にペットボトルのお茶を差し出す。 「どうも……」  会社前で立ち話していると、周りがザワつくのでお茶を手に持ちながら永久保と共に足早にその場をあとにする。永久保は変人ではあるが顔はいいので、女子社員の視線が刺さるのだ。 「あの、毎日送り迎えしなくても大丈夫なんで……本当に……」 「私がしたいだけですのでお気遣いなく」  私を気遣ってほしい。 「というか、永久保さんって仕事とかしてるんですか? わりと暇そうですけど」 「私に興味を抱いてくださるとは恐悦至極」  永久保ははぐらかすようにわざとらしい態度を取る。 「まあ、自由業というやつです。時間に縛られない生活をしておりますので、いつでも香織さんをお守りできます」 「永久保さんは何と戦ってるんですか」  私は呆れた顔をする。ホント変だな、この人。 「まあいいや、どうでも……。とにかく、会社の前で待つのはやめてもらっていいですかね?」 「何故です?」  永久保はキョトンとした顔をしていた。キョトンじゃないが。 「永久保さん、目立つんですよ色々と……。顔がいいから人目を引くというか」 「香織さんに顔を褒められると照れてしまいますね」  自覚があるのかないのか、永久保ははにかむような笑顔を見せる。 「香織さんは私の顔、お好きですか?」 「それ、答えなきゃダメですか?」 「気になりますので」  答えづらー……。 「顔がいいなとは思っています」 「それは良かった。香織さんの隣に立つに相応しい人間でいたいですから」  むしろ私がこのイケメンの隣に立ってていいのか知りたい。外見だけ見れば不釣り合いな気がする。  歩きながら話し込んでいるうちに、いつの間にか駅に着いていた。ここから永久保と一緒に電車に乗る、と考えると、永久保と初めて会った日の電車を思い出す。カーブで倒れそうになった私を抱きとめた永久保は、スマートな体型に見えて意外とガッシリしてて……と思い出してしまい、ボッと顔が熱くなる。何を考えているんだ、私は。 「香織さん、電車、来てますよ」  永久保の声にハッとする。  慌てて二人で電車に乗ると、今日は席が空いていたので並んで座った。  座席に座れた安心感か、仕事の疲れか、私はすぐにウトウトしてきた。 「寝てもいいですよ、着いたら起こしますから」 「いえ……大丈夫でふ……」  なんとか意識を保とうとしたが、まぶたが重い。目を閉じた瞬間、私は睡魔に取り込まれたのであった。 「――香織さん、香織さん、そろそろ着きますよ」 「ふぁっ」  私はビクッと飛び起きる。  どうやら、永久保の肩に寄りかかって眠っていたらしい。 「す、すいません! 肩を借りるつもりはなかったんですけど……!」 「お構いなく」  電車を降りた私は、永久保に平謝りする。彼は嬉しそうにニコニコしていた。 「ああ、でも……香織さんの寝顔は独り占めしたかったですね。公衆の面前で無防備に晒すのはお勧めいたしません」  反応に困る返し方してきたな……。  駅を出て、家までの道を二人で歩く。 「明日からは車で送迎させていただきます」 「いや、だから送迎とかいいですから本当に」 「いい、ということは送迎してもよろしいですね?」 「そういう意味じゃない!」  一昔前の詐欺商法みたいな揚げ足取りするな!  漫才のような会話をしながら、家に辿り着いた。 「あら、永久保さん。また娘を送ってくださったの? 本当にごめんなさいね」  母の永久保に対する好感度はうなぎ登りである。  「良かったら夕飯でも」と母が強く奨めたため、私と永久保は食卓につくことになった。  ……永久保と外食以外で食事を共にすることは、なかなかない。  なんか変な気分だな、と思いながら、私は黙々とご飯を口に運ぶ。 「お母様のお料理は美味ですね」 「あらやだ、褒めても何も出ませんよぉ。オカズもう一品どうぞ」  母は上機嫌で永久保にあれやこれやを差し出していく。 「ご馳走様でした」  食事が終わると、永久保は「ひとつ、お願いがあるのですが」と母に話しかける。 「何かしら?」 「ここで働かせていただけませんか? 執事として」 「は?」  耳を疑ったのは私である。突然何を言い出してるんだ? 「執事?」 「家政夫でも構いません。香織さんのお傍にお仕えしたいのです」 「本当に何言ってるんですか?」  転生しても私に仕えたいとか、たまげたなぁ……。 「香織に仕えたいだなんて、変わってるわねぇ。でも家政夫さんを雇うお金なんて、うちにはなくってよ」 「タダ働きで構いません。私には他にも収入源がありますし、住み込みで働かせていただければ」 「うーん、和室なら空いてるけど……」 「お母さん? やめといたほうがいいよ、タダより高いものはないよ?」  トントン拍子で話が進んでるのが怖い。 「えー、でもイケメンが家にいるっていいじゃない? 毎日が目の保養だわぁ。永久保さんなら信用できるし」  何を根拠に、このストーカーを信用できるなどと言っているのだろう。 「それじゃあ永久保さん、うちの和室に住み込みでお願いできる?」 「はい。誠心誠意お仕えさせていただきます」  永久保は深々と頭を下げた。  ……というわけで、私は自称家臣のストーカー男とひとつ屋根の下で暮らす羽目になったのである。  ……大丈夫かなぁ……。 〈続く〉
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